失言から日頃考えていることがわかる

失言して話題になる人がいます。失言については以前人が失言する理由と対策に書きましたが、失言したという自覚がない人が大半です。何故なら自分の真意は違うから失言ではないと思っています。

今回もある校長が問題発言をし、結局辞めることになりました。最近では国会議員が巫女さんを蔑むような発言をして話題になっています。

失言をする人は何度も繰り返します。何故なら人がどのように言葉を受け取るか考えていないからです。どのように受け取られるのか想像力が足らないために、誤解を招く表現をしてしまうのです。そして誤解なら良いのですが、人に対する日頃からの見方が言葉に表れています。

例えば話題の校長であれば女性軽視、話題の国会議員であれば職業による貴賎の意識が根底にあることからあのような発言に至ったと類推出来ます。自分と対等だと考えていれば、あのような物言いにはならないと私は思います。校長も国会議員もただの一つの職業です。偉いかどうか、つまり尊敬に値するかどうかは周りが判断することで自分からアピールするものではありません。多くの場合、偉そうに振る舞う人で尊敬に値する人はいません。何故なら本当に尊敬に値する人であれば、偉そうに振る舞う必要がないからです。ちなみに偉そうに振る舞う人はコンプレックスの現れです。自信や実力が無いことを隠し偉いと思ってもらうために、必死で偉そうに振る舞うのです。

人の立ち居振る舞いは日頃の考え方があらわれるものです。謝罪会見などは前もって準備して取り繕うことは出来ても、質問の返答など即興で答えると日頃の考え方が滲み出てしまいます。

失言から考え方を類推してその人の本質を見抜くようにするのも面白いかもしれません。

投稿者:

呉からの風

呉の医師です。 糖質回避教の推奨者です。 様々な分野で気づいたことを掲載していきます。 怒る必要のない子育てを掲載予定です。