話し合いが混乱する理由

会議などの話し合いで混乱することがあります。以前書いたことがあるように、混乱の一番の解決策は目的を明確にすることです。今回は話し合いが混乱する理由を考えてみます。

話し合いが混乱する最大の理由は、論点がズレてしまうことです。論点がズレるとは議論していることとは直接関係ないことを話しはじめることです。論点がズレたまま直接関係ない話が続くので、益々混乱してしまうのです。一番の問題は論点がズレていても論点からズレている自覚がないことです。論点が少しでもズレた時点ですぐに修正することが大切です。

議論の混乱を避けるためには、何よりも論点がズレたことをいち早く気付く知恵が必要です。つまり議論している内容と直接関係がないと判断した時点で、議論の脱線を切り捨てるのです。その議論の脱線に気付くことの出来る人が議事進行をするべきです。逆に議論がズレていても修正出来ないのであれば、議事進行を誰か別の人に変わるべきです。何故なら議論のズレに気付くことが出来ない人達がどれだけ時間をかけて議論しても、有意義な結論に辿り着くことの出来る可能性は限りなくゼロに近いからです。

話し合いが混乱する理由は、議事進行係が議論の論点わ把握出来ていないことです。

議事進行係を変更出来ないのであれば、せめて目的を明確にすることで目的を議論するようにして無駄な議論を避けましょう。

ミスは個人の問題ではなく、システムの問題

人間はヒューマンエラーをすることがどうしても避けられません。ヒューマンエラーをしないように気をつけるという対策は、頑張った振りはするけど結局何もしないことと同じです。

ヒューマンエラーをしないように気をつけるのではなく、ヒューマンエラーを出来る隙を無くすのです。

例えば何かのスイッチを押す場合を考えてみてください。何も対策が無ければ、人が間違いがないことを確認する必要があります。見間違いや勘違いなどで判断を誤ると間違ってスイッチを押してしまう隙があるのです。ヒューマンエラーを無くすために、予めスイッチのボタンを取り外し、第三者が確認しスイッチのボタンを渡す仕組みにすると間違いでスイッチを押すことが出来ます。ちょうど鍵により確認するのと同じ仕組みです。絶対に間違いがあってはいけない核兵器では何重にも確認する仕組みがあるはずです。

ミスの捉え方

ミスをした人がいても怒ってはいけません。何故なら怒ったところで時間を巻き戻すことは出来ないからです。いい加減な対応をした結果、ミスをしたとしてもそもそもミスをする隙があったのです。システムの設計ミスです。ミスのプロセスを見極め、再発防止策を作るのです。ミスをしたくてもミス出来ない仕組みにするのです。先程の例えで言えば、うっかりスイッチを入れてしまうことを防止するならスイッチのボタンを外しておくなどです。航空機はヒューマンエラーが重なると墜落してしまいます。絶対にあってはならない燃料切れで墜落したことも何度かあるのです。ヒューマンエラーが重ならない仕組みを考え出して、飛行機は安全に飛んでいるのです。

仕事でうっかりミスがあったからといって、ミスした人を責め立てても何も解決しません。むしろミスを隠そうとしてしまいます。ミスをする隙を無くすのです。例えば会議に必要な資料の持参を忘れていたとします。万が一忘れていることが発覚してもまだ間に合う時間のうちに、持参しているか確認するのです。あるいは前もって会議室に届けておく仕組みを作るのです。ミスを責め立てるよりも、ミスを無くす仕組みを考える方がより効率的です。

ヒヤリハット

病院で取り入れられているヒヤリハットは、ミスの防止策を見つける手段として有効です。事故には至らないもののヒヤリとするとこやハットすることを元に、大事故にならないように未然に防ぐ対策を立てるのです。人の命が関わる病院ならではの考え方です。ミスをする隙を無くす目的で、危ないと気付いたことの要素を取り出し、ミスを起こせないように改善するのです。

個人を責め立てても、何も生み出さないのです。むしろ隠そうとする分、個人を責め立てることは失うものの方が多いので損です。

再発防止策はどうするのかを考えるのです。

偏差値が高くても仕事が出来ない人がいる理由

今の日本の世の中では、一般的に偏差値の高い人は優秀だと考えられています。確かに優秀な人が多いのは事実ですが、中には社会生活において役に立たないとみられる人がいるのも確かです。今回はその理由を考えてみます。

偏差値とは

偏差値とは様々なテストの結果の中での分布を数値化したものです。集団の分布の中で上位であれば高く、下位であれば低くなります。偏差値を算出した試験と似たような試験をすると、同じ母集団が同じような分布になることから、入試の合否に相関するので序列化に使われます。

偏差値が高いとは?

偏差値が高いことは試験においては優秀かもしれませんが、それは記憶力と試験問題という必ず一つの答えが用意されたパズルを解くことに優れているだけです。つまり答えの用意された問題を解くことに優れていることがわかります。

仕事が出来ないとは?

仕事が出来ないとは、求められる課題の解決が出来ないことです(参考:仕事が出来る人と仕事が出来ない人の違い)。例えば物を売ることや、新しい商品開発など様々な仕事があります。その仕事で求められる課題の解決が求められるレベルで出来ない場合、仕事が出来ないと周囲から判断されます。

求められる課題の理解が困難な場合もありますし、課題の解決策がそもそも存在しない場合もあります。課題の理解に関しては、偏差値と相関があるかもしれません。しかし課題の解決策は、そもそも解決可能かどうかから考えなければなりません。解決は出来ない問題であっても、最善を尽くす最適解を探す能力がもとめられるのです。私の知る限り学校では教えてくれないので、どうすれば良いのかわからなくなり多くの人が混乱してしまうのです。混乱しながら最適解を見つけることの出来る人もいれば、答えのない問題の解き方・考え方・取り掛かり方が全くわからず途方にくれる人もいるのです。

偏差値の高い人に限らず、途方にくれる人は一定割合でいるのですが、偏差値が高いと能力が高いと期待されているので失望されてしまうのです。

偏差値と仕事の出来が必ずしも相関しない理由

偏差値は元々用意された正解を答える能力の良し悪しをはかるものです。仕事とは正解があるとは限らない課題を解くことが求められます。仕事とは現状での最適解を見つけることが出来る人間が優れていると考えられるのです。

偏差値は正解を答える能力をはかり、仕事は最適解を答える能力が求められるので、偏差値の良し悪しと仕事の出来不出来はズレが生じるのです。

仕事の採用の際に偏差値がフィルター代わりに使われる理由

今のところ他に適切な指標がないため、仕方なく偏差値で代用しているのです。

仕事の出来る人と出来ない人の違い

仕事の出来る人と出来ない人の違いを考えてみます。仕事が出来る人というのは、一般的には手際が良く処理能力の高い人のことです。その反対に仕事の出来ない人は手際が悪く処理能力の低い人のことです。生まれつき能力が違うと言ってしまえば元も子もないのですが、それは努力しようとしない人の言い訳でしかありません。誰にでも仕事が出来る人になるチャンスはあります。仕事が出来る・出来ない、その違いを考えてみることにしました。

  • 様々な物事の仕組みを知っている
  • 相手の立場に立って物事を考えることが出来る
  • 先のことを予測しあらゆることをあらかじめ考えている

様々な物事の仕組みを知っている

そもそも様々な物事の仕組みを知らなければ、物事を考えることが出来ません。例えば商品の発注の仕組みを知らなければ、スムーズな発注は出来ません。伝票一つとってみても、その伝票にどのような意味があるのか、また各項目にどのような意味があるのかを知らなければ、イレギュラーに対応出来ないからです。通常なら10で頼んでいたのに今回は100の発注となっている。同じ発注をしようとしているにも関わらず、10ケースと100本という単位の異なる書き方になってしまうこともあり得ます。その1ケースが10本ということを知っていれば、同じ発注かもしれないと気付くことが出来ます。また日頃の発注は10だと知っていることから急に発注が増えるのがおかしいと疑うことが出来ます。そのように物事の仕組みを深く理解していることで、通常とは異なる状態に気付くことが出来るのです。型を知っているから型を外れるとすぐにわかるようなものです。

物事の仕組みを知らなければ、改善・工夫も出来ないのです。例えば早くして欲しいと言われても物事の仕組みを知らなければ、どうしたら良いのかわからなくなります。物事の仕組みを知っていれば、早く出来るように大勢に影響ないことを削るのです。

仕事の出来る人になりたければ、例え仕事には直結しなくてもありとあらゆる様々な物事の仕組みを知っておくことです。何故なら知らなければ考えることが出来ないからです。

相手の立場に立って考える

相手の立場に立って考えるとは、相手の目で見て考えるということです。

仕事は必ず相手のあることです。同じ会社内の人が相手かもしれませんし、取引先の人が相手かもしれません。その相手の望んでいることを考えることが出来る人は仕事を円滑に進めることが出来ます。何故なら相手のためになる仕組みを前もって考えているからです。

相手の立場に立って物事を考えるのは、これまで考えたことのない人にとっては困難なことかもしれません。しかし営業マンをはじめとするサラリーマン全ての人が、本来なら身につけるべき考え方だと思います。相手にこれを買わせようではなく、これを買ってもらうと相手にとっても得ですよという考え方です。代金を支払ってもらってもお得になる仕組みを考えるのです。

究極に相手のことを考える考え方として、利益は企業の為ならず という諺を考えました。真意は利益を追い求めることは本当の意味で企業の為になりません。利益はお客さんのためにあるべきです。企業がお客さんのためになる活動をするための運営資金として利益はあるべきです。企業の理想の形はお客さんのために存在するという考え方が出来る人が、仕事が出来ると思われるようになります。

あらかじめ考える

仕事の出来る人は咄嗟に判断することが出来ます。咄嗟に判断出来る人と出来ない人の違いで書きましたが、あらゆることをあらかじめ考えておくことが違いとなってあらわれます。

前もって考えている人は考えていることと全く同じことであればすぐに判断出来ます。もし考えていることと違いがあっても、考えていたことを元に違いから考えることが出来ます。全く考えていない場合より、早く判断が出来ます。結果として仕事が出来ると判断されます。

前もって考えている時点で、仕事の出来る人は何らかの準備をしています。例えば、もし失敗したらどのように被害を最小限にするかをあらかじめ考えています。

仕事の出来る人かどうか見分けるために、状況が違った場合どのように対応するかを聞いてみると良いでしょう。仕事の出来る人であれば、想定してあらかじめ考えてあるので、すぐに対応策を教えてくれると思います。

ミスを怒っても意味がない

人間ですから誰でもミスをしてしまいます。
そのミスを怒っても意味がありません。たまたま今回は自分ではなく相手がミスをしただけのことです。
ただしそれが重大な結果を招くミスだったとしたら問題です。何が問題かというと、怒る立場の人がそのミスを事前に予測して防げなかった準備不足でもあるからです。
重大な結果を招く前の途中段階で順調かどうかを確認するのです。例えば途中で声をかけたのに『大丈夫』と言ったからと責める人もいます。しかしその言葉を信じた自分に問題があるのです。どのように大丈夫なのかを確認するという手間を怠った自分の落ち度です。だから怒っても意味がないのです。ミスがあれば重大な結果を招くのであれば、怒る前に自分で防ぐことのできることを考えもせず相手を怒っても意味がないのです。怒るくらいなら怒らなくてすむように自分で知恵を働かせれば良いのです。それにも関わらず手間をかけずに怒るのは、深層心理で怒ることが目的で、ミスする隙を与える罠を仕掛けているのではないかと怪しんでしまいます。怒ることが目的でないと言い切るのであれば、ミスをする隙をなくすために途中でミスがないか、ミスする隙もないかを逐一チェックすれば良いのです。その手間が惜しいのであれば、自分でやりましょう。

ミスを怒っても意味がないもう一つの理由は、過去には戻れないからです。
怒ったところで過去の事実を書き換えることはできません。怒ること自体が破壊的で次に生かすような建設的ではないのです。
過去には戻れないのですから、ミスを未来にどのように生かすかを考えることです。
ミスの原因を考えることも一理ある場合もありますが、責任追及の目的の原因探索に意味はありません。これも責任を逃れるために嘘で塗り固められるからです。次のミスをなくすために原因を考えるのであれば大きな意味があります。

例えば忘れ物というミスがあった。
このミスを怒ることに意味はありません。
ミスをしないように前もって持ち物チェックをして、足らないものがあれば困る前に準備するようにするのです。
この困る場面よりも前にチェックするのが親であり上司の役割だと思います。
それでもミスがあれば、怒るのではなく一緒にミスをなくす方法を笑いながら探せば良いのです。命に関わりかねないミスの恐れがあれば、飛行機の操縦や運行のように何重にも前もってチェックする以外に方法はないと思います。

いずれにしてもミスは誰にでも起こりえるものです。
だからこそ賢い人(上司や親)が、ミスができないようにする仕組みを考えてあげるべきです。

ミスを怒る人は自分が防ぐ余地があったのに、防ごうとしなかったのです。
つまり自分のせいでもあるミスを怒ることに意味はありません。
自分のせいでもあることを知らないという勘違いがミスを怒ることに繋がります。

結果論と経過論

結果論という結果が全てという考え方に対して、途中経過に重点を置いて考える経過論という考え方が、あります。

結果論

結果論は結果が良ければ正解で途中経過は関係ないという考え方です。結果だけが求められ、途中経過はいくら努力をしても考慮されないため、対応がいい加減になりがちです。

本来の目的に反してスポーツに結果論を持ち込むと、悲惨な現実が待っています。スポーツ本来の目的は競い合うことで全力を出し切ることですから、試合に備えて準備をし、試合で全てを尽くすことができればよいのです。スポーツにおいて結果論を持ち込むと、負けはそれまでの努力を否定してしまうことに繋がります。

本来スポーツは全力を出し切るために競い合うだけで、勝つために競う訳ではありません。勝ち負けは全力を出し切るための手段です。結果論ではその手段のはずの勝ち負けにこだわるようになってしまうため、考え方が本来の目的から歪んでしまいます。

特にお金が絡むと勝ち負けが目的の結果論に陥りがちです。

経過論

経過論とは途中経過こそが大切で、結果は様々な要因が重ね合わさった偶然の産物でしかないという考え方です。

途中経過でどれだけ用意周到な準備をしているかを課題とします。結果論では成功すれば、用意周到な準備は無駄なこととして切り捨ててしまいますが、経過論では結果的に無駄になるかもしれない、この用意周到な準備にこそ価値を見出し出します。

経過論では、途中で問題になりそうなことは極力避けるか、問題に備えて準備しておきます。経過論では結果が最善になるように、不測の事態にも備え、できる準備は全てすることです。何故なら経過論では結果が最善になるように、途中経過で最善を考えておく考え方です。結果が問題でさなく、経過こそが問題だと捉えるのです。二つの最善の考え方で結果論は結果さえ良ければ途中経過は問わない自称最善で、経過論は絶えず最善の絶対最善のように思います。

例え失敗したとしても、経過論で物事は考えたいと私は思います。

日本製品が高い理由を以前書きましたが、結果論の他国の製品とは異なり、安全な経過にも拘る経過論で日本製品は作られているからだと思います。

起こらない事故に備えるのは無駄と考える結果論か、事故が起こらないように備える経過論か、どちらが優れているか考えてみて下さい。

未来の仕事予想 人は2通りに分かれる?

ここ数年でも仕事が様変わりしつつあります。インターネットやコンピューターが人に変わって活躍するようになっています。

一度機械に任せてしまえば、機械は疲れず夜間も作業し文句も言わず、賃上げ要求もしません。人間だとどうしても避けられない人為的なミス(ヒューマンエラー)も起こり得ません。機械化出来る作業は機械化がどんどん進みます。現在職人さんの手作業には機械が勝つことは出来ませんが、力加減や作業の意味を機械に教えることが出来れば近い将来機械が職人さんにとって変わると思います。今はセンサーと力加減、その作業の意味合いを機械に伝えることが出来ないだけだと思います。

将来人は2通りに分かれます

これまでの機械の進歩よりも加速が考えられる、これからの機械の進歩を正確に予想することは困難です。しかし一つ言えることは、人間は2通りに分かれると思います。

2通りに分かれるとは機械を使う人間か機械に使われる人間かという意味です。機械にさせる作業を考えて機械に教える(プログラミングする)人間と、機械のサポートをする人間、サポートといっても機械の指示されて動く人間つまり機械に使われる人間です。機械に指示を与える人間は、機械が自分で考えることが出来るようになる(人工知能が人間をこえる)と予測されている今後30年は、機械に仕事を奪われることはないと思います。機械に指示されて動く人間は、コストの兼ね合いで機械化されていないか、機械化が難しいかのどちらかです。状況によってはいつ機械化されてもおかしくありませんし、いつ海外に移転してしまうかわからない不安定な仕事です。

機械化は止められない

現時点で言えることは多くの職業が機械と置き換わると思います。現在でも弁護士や税理士はコンピューターに仕事を奪われはじめています(弁護士業務では過去の判例の検索は人工知能が活用されはじめているそうです)。利権を守るため抵抗する人が邪魔しようとするとは思いますが、将来薬剤師の仕事は機械に奪われてしまうと思います。(処方歴を厚生労働省が一元管理し、飲み合わせのチェックを行うことで薬剤師の仕事はかなり減ってしまいます。自動販売機のような機械に処方箋のバーコードを読み取りさせると薬が出てくる時代が来るかも知れません。)

サラリーマンも機械にとって変わられつつあります。例えば営業マンは今後コンピューターに仕事を奪われていくと思います(詳しくはこちら)。最後まで残る営業という仕事は一部だと思います(詳しくはこちら)。

これからの仕事は物事を自分で考えることの出来る人しか必要とされないと思います。50代の方は定年まで逃げ切ることが出来ると思いますが、40代の方は業界によっては定年まで働くことが出来ないかも知れません。リストラかも知れませんし、他社との合併かも知れません。そして20代・30代の多くの方は大変な時代に突入すると思います。機械に仕事を奪われる時代が来るからです。最初のうちは機械が導入されて便利になって喜んでいられますが、便利になり過ぎると自分の居場所がないという事態もあり得ます。今のうちから自分に何が出来るのか考えるようにしてみて下さい。

少なくとも自分で物事を考えることが出来なければ、機械を使う側にはいけません。少しでも物事を考える癖をつけましょう。オススメの本は(ちきりんさん、自分の頭で考えよう)です。

仕事が遅いと言われた場合の対処法

周囲の人たちから仕事が遅いと言われてしまう人もいると思います。
一人・二人から言われただけであれば、その人たちの主観的な好き嫌いも含まれた上での発言かもしれませんが、何人かから言われてしまうと対策を考えるほうが良いと思います。

仕事が遅い原因はいくつか考えられます。キーワードは手順、迷い、目的です。

仕事の手順がわかっていない

仕事の手順とは仕事の順番や内容ややり方のことです。手順を一つ一つ思い出しながら作業や仕事を行っているとどうしても、思い出す分余計な時間がかかってしまいます。手順書やマニュアルを作成し、チェックリストのように使用することで思い出す時間が短縮できるので早く仕事をすることが出来るようになります。手順がわかっても仕事が早く出来ない場合、何らかの迷いがあるのかも知れません。

仕事に迷いがある。

仕事に迷いとは仕事の手順が曖昧で悩みながら仕事を行っている。あるいは手順を思い出す、あるいは手順を考えながら仕事を行っているとどうしても時間がかかってしまいます。同じ決まった手順でも、どこに注意して手順を行うべきかわからず、迷いながら作業することに繋がります。
仕事を早くするには迷いを少しでも減らすことが一番です。
実は手順書・マニュアルを作る目的は、この迷いをなくすことが目的の一つです。迷いを減らすために、事細かな状況を場合分けして記載することもあるようです。マニュアルの場合分けが多過ぎると本来は迷いを無くす目的だったはずのマニュアルが、余計迷う原因になってしまうと本末転倒です。
迷いを失くす一番の手法は、仕事・作業の目的を知ることです。
目的が理解されていれば、やるべきことも想像しやすくなります。

仕事の目的を知る

仕事の目的を知ること、相手に伝えることが仕事が早くなるコツだと思います。

各種マニュアルにおいて事細かな状況全てを記載するよりも、目的を記載しておくとマニュアルに無い状況にも対応できるようになります。事細かな個別の対応事案は別冊Q&Aとでもして、情報の整理をすると良いと思います。

人が行動するためには、何らかの目的をもって行動します。必ず目的があるはずです。その目的を知ることで迷いを極力減らし、仕事が早くできるようになると思います。

 

仕事が遅い人の対策

仕事が遅い人と周囲が思う人がいます。

実は仕事が遅い理由は二つに分かれます。

能力的にこなしきれないため仕事が遅い

わざと遅くしているわけではなく、能力の問題でこなしきれないのです。責めても仕方がありません。その人の個性です。精一杯仕事に取り組んでいるのは伝わるのですが、仕事が進まないのです。
能力的に精一杯なため、自分で早くするための改善点を探す余裕が無いのです。

対策は簡単です。仕事の遅い原因の多くは躊躇いです。躊躇いを無くして早く出来る改善点をアドバイスしてあげることです。

仕事の全体像が見えていない状態で、目の前の仕事に必死で取り組んでいる場合も結果として仕事が遅くなってしまいます。
総論がわからず各論に捉われているような状態です。
一定の広さの草むしりが仕事ですが、まず全体を大まかに草むしりをして、足元に残った小さな草を細かく抜いて綺麗にする方が要領よく作業ができますが、目の前の草むしりを完璧にこなしながら少しずつ少しずつ作業を進めているようなものです。
何事も荒削りから初めて、段階を追って仕上げに移りますが、最初から仕上げの状態ですべての作業を進めようとしてしまうため全く作業が進まない状況に陥ります。

能力的には問題無いが早くする気がない

早く仕事をする意味をしらないか、向上心が欠落しているため、改善しません。
手抜きをしているわけではなく、自称最善を尽くしている状態です。(中には手抜きをしていてもばれていないと考えている不届きな輩もいるにはいます)

対策は、早く仕事をする意味を伝えてあげることです。早く仕事ができるとみんなが助かること・得することを説明する。そして早く仕事が進むとこを楽しむという価値観を伝えることが出来れば、最高です。そうなると自分で楽しみながら、早く仕事が進む方法を探すようになると思います。

仕事の遅い人の対策の極意

能力的に問題があれば、具体的な改善策を相談。
能力的に問題無ければ、自分で改善点を探すように仕向ける。

無意識の情報処理の活用法

人は無意識のうちに情報処理をしていることをご存知ですか?

考え事をしたり難しい問題を解いていてもなかなか解決策が見つからないことはよくあります。他のことをしている際に思いがけず解決策に思い当たることがあります。このことを経験されたことがある方には、無意識のうちの情報処理を理解しやすいと思います。

人は意識して考えているときはもちろん解決策を探していますが、実は意識していない時にも無意識のうちに解決策を探すのです。

この無意識の情報処理の有効な活用法は、なかなか解けない難しい問題に直面したら、ひとまず他の問題に取り掛かることです。無意識のうちに情報処理することで、時間の経過とともに問題に対する認識が変わってきます。受験勉強でも同じことです。

一定期間毎に次々別の問題に取り組むと並列して情報処理を行うことができるようです。

寝ている間にも無意識の情報処理が行われることがあるらしく、ケクレによるベンゼン環の発想など大発見が夢の中で発想を得た実例もあるようです。

仕事や勉強で行き詰まったら、気分を変えるためにも別の問題に取り掛かると捗る可能性があると思います。