糖質を食べると私の身体に起ること

あくまでも私の感じる主観なので証明のしようがありませんが、一つの事実とその解釈として読んでみてください。

糖質を食べると睡眠の質が悪化

糖質を食べると睡眠の質が悪化します。
寝付きが悪くなり、夜中に身体があつくなるためか目覚めることがあります。
最初は気のせいかとも思っていましたが何度か繰り返すため、最近では糖質を食べるのは休みの前日を中心にしています。

糖質を食べると考えがまとまらなくなる

1日に1つは風の記事を書くように心がけていますが、サラサラと2つ3つの記事が書ける日もあれば、1つを絞り出すのに苦労する日もあります。記事を書く際に苦労する日は頭にモヤがかかったような印象で、考えがまとまりません。
様々な物事を決める際にも、時間がかかってしまいます。
糖質を回避している日には、頭が冴え渡り記事も次々思い浮かびます。
何か物事を決める際にも簡単に判断がつきます。

糖質による二日酔いもどき

糖質を食べた翌日には頭の回転が鈍る感覚があります。
かつてお酒を飲んでいた際に経験した二日酔いのような感覚に似ていると考えました。
糖質を食べた結果上昇する血糖値そのものが問題なのであれば、血糖値が下がった翌日には改善するはずです。実際には翌日にも頭にモヤがかかった感覚で頭がうまく働いていないような印象です。

考え得る原因(仮説)

自分の頭の中で起っていることではありますが、必ず理由があるはずです。
もしかしたら気のせいかとも思っていましたが、これだけ何度も繰り返す再現性があれば少なくとも私の身体では糖質が頭の活動を妨げているのは間違いがありません。
その理由を「0から思考」で考えてみました。
糖質を食べるということは血糖値が上昇しているはずです。

睡眠の質に関しては、夕食やデザートを食べた後寝付けなかったり夜中に目覚めたりしていました。血糖値が上昇し体温が上昇したことによって寝付けない可能性を考え、昼間食べるようにするとある程度改善しました。どうやら糖質を食べることにより体温上昇が関連している可能性が考えられます。

判断力に血糖値が何らかの影響を及ぼすとすれば、血糖値の成分ブドウ糖が脳細胞のタンパク質に結合して糖化産物となり脳の活動を妨げている可能性が考えられます。
糖質を食べると全く考えられなくなるわけではありませんので、完全に活動を阻害するわけではなさそうです。どのように考えると良いかというと、血糖値が上がると頭にモヤがかかる感覚を経験することから、脳の神経活動のノイズになっているのではないかと思います。正常な神経活動をするためにノイズを取り除いてから、思考するので考えがまとまらなかったり判断力が鈍ったりする可能性が考えられます。このことは食べた翌日にも影響する糖質による二日酔いもどきの説明も可能です。血糖値そのものが何か引き起こしているのであれば、血糖値が下がった時点で頭の回転は戻るはずです。血糖値が下がっているであろう食べた翌日にも影響が残っていることは、何らかの反応が残存していることをうかがわせます。糖化産物による神経細胞活動のノイズ説は説得力があります。

糖質による脳への影響から考えられること

糖質を食べない生活をされたことがない人は、ベースラインが糖質を食べている状態のため糖質を食べない差がわからないと思います。私の仮説が正しければ、糖質によるノイズがありながら考え事をしているという状態です。せっかく頭をフルに使おうとしているのに、絶えずブレーキをかけているような状態かもしれないのです。

少なくとも受験などの脳のパフォーマンスが試される際には糖質回避することがお勧めです。更にお勧めなのは日頃の勉強にも糖質回避をしている方が勉強の効率は上がると思います。ちなみにお腹が空くと血糖値が下がって頭がぼうっとするから、糖質は食べないとというのは間違いです。糖質を食べるから血糖値が上昇してしまい、インスリンで血糖値を下げる際に下げすぎてしまうため低血糖になるだけです。そもそも糖質を食べなければ低血糖にはならないはずです。

頭を使う仕事をする人は糖質を食べないのが常識の時代がくるのかもしれません。

今後の対応

これまで私は体重を減らすことを目的に糖質回避をしていました。
標準体重となった今、無理に糖質回避をする必要はなくなりました。
体重の視点からは、再び糖質依存に陥りさえしなければ糖質を食べる量を自己抑制出来るので糖質を再び食べることに問題はありません。
しかし思考レベルに影響があるのであれば話は別です。
アルコールと同様に糖質も控えるべきなのかもしれません。
私がアルコールを飲まなくなったのは、時間を無断にしたくないからです。
そして糖質を控えているのは今のところ健康を考えてです。これまでは体重を減らすことを目的に糖質回避をしていましたが、これからは思考レベルに着目しながら糖質を食べる量を加減しようと思います。糖質を食べることで思考レベルが落ちるのであれば余分な思考時間が必要になるという意味で、糖質を食べることがアルコール同様私の時間を無駄にしている可能性があります。

アルコール同様時間がもったいなので糖質は控えようと思います。

「0から思考」は可能性を無限に広げる

「0から思考」は可能性を無限に広げます。
何故なら0は無の状態で方向も決まっていませんし、スケール・尺度も決まっていないからです。1が決まると2が決まってしまいます。方向性とスケール・尺度が決まってしまうのです。

わかりやすい例を挙げるとお金を思い浮かべてください。
お金が何もなければ0です。単位はありません。
1円に対してお金がないことを表すために0円という単位がつきます。
1ドルに対してお金がないことを表すために0ドルという単位がつきます。
1があって初めて0に単位がつくのです。

お金がない状態は円もないしドルもないし、元もないし、ユーロもありません。
逆に考えれば今後どのお金を持つかは自分で好きに選べるのです。
0からスタートすれば好きなお金を選ぶことが出来るということです。

ただし持つのはどの通貨でも構いませんが、通貨は相手が受け取ってくれて初めて意味をなします。所有するだけならどのお金でも構わないものの、通貨として使用するためには相手に認めてもらう必要があるのでその時点である程度制約をうけてしまいます。ここでの「0から思考」は所有しておくことと、使用することを分けて考えるという思考実験です。
現実的には使えないお金を持っていても意味はありません。使えるお金に交換する手間がかかってしまうからです。お金の種類によっては交換してもらえないかもしれません。

0は1よりも無限の可能性を秘めている

0というのは現時点では何もありませんが、何に対して無いのかを考えることで無限の可能性を秘めているのです。
あるものを理解することは簡単です。そこに存在するからです。
当たり前にあるものが無くした場合を想像するのは、意外に難しいものです。
逆に無いものを想像するのも難しいものです。
試しに今いる視界の中に無いものを10個あげてみて下さい。
視界の中にあるものは数に限りがあると思いますが、無いものであれば無数にあります。
例えば多くの方は新幹線は視界の中に無いでしょうし、飛行機も無いでしょう。中には新幹線や飛行機の中でこれを見られている方もおられるかもしれません。であれば、潜水艦が視界にある人は更に希でしょう。今回は乗り物で考えてみましたが、例えば冷蔵庫や洗濯機、テレビなども視界には無い人も多いでしょう。極端な話に飛ばすと、五右衛門風呂は今の視界には入らないでしょう。他にも金庫なども視界に入らない人は大半ではないでしょうか?
無いものは無限にあるのに、人は無いことを認識するのは非常に困難です。何故なら有ることに対応して無いことを認識しているからです。最初から無いことを、無いと認識出来る人はごくまれなのです。そして余りに当たり前のことは無い状態が想像できないのです。ここが簡単にはイノベーションが起こせない理由です。
今ある当たり前をまず0にして0から考える「0から思考」という考え方を身につけてみて下さい。

「0から思考」は誰にでも出来る

「0から思考」は難しい考え方ではありません。何故なら人は誰でも子供のころは「0から思考」だったからです。蓄えた知識がないから0から考えるしかなかったのです。いつの間にか常識として知識を蓄えたことで、その常識にとらわれて常識から抜け出して考えることができなくなっただけのことです。

「0から思考」、身につけることができると貴方の人生に革命が起るかもしれません。

0から思考 〜無から考える思考法〜

物事の考え方に1から考えるという考え方があります。1から考える時点で、1が決まっているので既に考え方の方向性と大きさが決まってしまいます。既に常識にとらわれている証拠です。何か全く新しいことを考えようとするならば「0」、つまり何も無い無から考え始めるべきです。

1から考えた結果失敗した例は数多くあります。最初の入り口と方向性を間違えてしまうと間違った方向にどんど進んでいきます。例えば2型糖尿病は体質として血糖値が上がる病気だと考えられました。2型糖尿病の治療法の入り口を間違えて、血糖値を上げる方向に進みました。0から考えららた江部先生が入り口を正しいものにし、方向性も確かなものにして下さいました。現在進行形で糖質の本当の姿が広まりつつあります。傷口の治療法も治療法の入り口を間違えて、消毒するという誤った方向に入り込んでしまいました。0から考えられた夏井先生が傷口の対処法を正しいものにして下さいました。

物事を考える際に、これまでの経緯から考えてしまいがちです。無条件にこれまでのことを受け入れてしまうのです。ここで全く何も無い条件、0から考えてみるのです。この「0から思考」が出来る人だけが常識にとらわれない発想で、イノベーションを起こすことが出来るのです。常識革命は「0から思考」を言い換えたもので、常識を入れ替える方法です。

「0から思考」は画期的な思考法です。例えばiPhoneやiPadを生み出したスティーブジョブズ氏は「0から思考」により、自分の欲しいものは何かを突き詰めた結果生まれたと思われます。常識的に出来ることから考える、1から考えていたのでは現時点での技術レベルから出来る範囲の発想しかなかったことでしょう。それが「0から思考」により、技術のことは全く考えず、欲しい物をとにかく絞り込んだのです。直接話したことは無いのではっきりとはわかりませんが、恐らくスティーブジョブズ氏は生まれつき「0から思考」が出来るのだと思います。彼にとっては特別な思考法ではなく、自然な考え方だったのだと思います。だからこそ天才ぶりを発揮出来たのですが、一般常識とは懸け離れた考え方なためトラブルも多かったようです。

「0から思考」は何も無い状態から、常識にとらわれず一つ一つ確実なことだけを積み上げて考えていく思考法です。例えばある組織を無くすかどうか検討する場合、通常は無くすとどうなるかを考えます。組織を無くすためには、組織を無くすための手間と組織を存続するメリットやデメリットを考えます。様々な思惑の人達や利権などが絡み合うため組織を無くすことは反対する人もいて、組織を無くすのは難航します。「0から思考」の考え方は実にシンプルです。無くすかどうか検討する場合、0から考えてみるのです。組織を0から考えるのですからその組織が無かったら、もう一度0から作るかどうかを考えるのです。あえて作る必要が無ければ、壊すのが面倒だから存続させようとするだけです。廃止すれば良いのです。組織が廃止されてどうしても困る部分があれば、その部分だけ解決策を考えるだけで良いのです。その困る部分を言い訳にして組織を存続することは、1からしか考えられないのだと思います。残念ながらいずれ衰退してしまうでしょう。

何か新しいことを始める場合も「0から思考」は非常に役立ちます。0から考えることは全く新しい価値観を生み出す可能性を秘めているからです。「0から思考」は1の方法も大きさも自分で決めることが出来るのです。様々なメーカーでは1から考えることはあっても「0から思考」が出来ているメーカーは少ないのでは無いかと思います。いつの間にか1から考えることが当たり前になってしまっているので0から考えることが難しいのではないかと思います。

ちなみに多くの子供たちは自然に「0から思考」が出来ます。何故なら子供は無の状態で生まれてくるからです。そこに大人が常識として1を教えているのです。まだ知らないことは0から考えるのが子供にとっては当たり前だから、大人には理解出来ない発想で会話が成り立たないこともあります。もしかしたら様々な問題の解決策は無邪気な子供の「0から思考」から生まれるのかもしれません。

大人でも常識にとらわれない「0から思考」をすることで、様々な問題を解決できると思います。
良かったら「0から思考」は可能性を無限に広げるもご参照ください。

これから「0から思考」を使って様々な問題の解決策や解釈法を探し出していきます

常識が正しいとは限らない

誰もが当たり前だと思うこと、それが常識です。
当たり前なのですから、通常誰も真偽を疑うことはありません。
そして常識以外のことを考えなくなります。常識が正しいのが当たり前で常識以外に正しい訳がないと思うのです。
しかし常識が正しいとは限らないのです。常識が覆ることは良くあるのです。
まだ知らない方もおられるかもしれませんが、例えば傷口の消毒が当たり前でしたが、傷口の消毒はしない方が明らかに治りが早いです。
糖質の害がこれだけ明らかになってくれば、糖質を主食として食べるという常識も間違っているのではないかと思います。少なくとも糖質の食べ過ぎの症状が出た方は、糖質を主食として食べるという常識が間違っているようです。
赤ちゃんには紙オムツが常識ですが、オマルですることを促すと赤ちゃんもオマルで排尿・排便が出来るようです。つまり赤ちゃんにはオムツという常識が間違っているようです。必ずオムツにしなければならない訳ではなさそうです。

日本人の常識であるお米を食べるということが間違っているのであれば、他にも常識の方が間違っていることがあるのかもしれません。まずはどれだけ当たり前のことでも真偽を疑ってみることです。その結果どんな常識革命が待ち構えているか楽しみですね。戦争が無くなるような常識革命が起こるといいですね。

赤ちゃんや子供が天才と言われる理由

赤ちゃんや子供が天才という考え方があります。私もその通りだと思います。みんな天才として生まれ普通の大人になっていくのです。天才で生まれた子供は周りの大人から天才の芽を摘み取られ普通のヒトに育つのです。

ごく稀に存在する飛び抜けた本当の天才は、周りの大人の言うことに耳を傾けることなく独自の育ち方をします。周りの大人が天才の芽を摘み取ることなく天才ぶりを引き延ばすことが出来ると、天才のまま大人になることが出来、比類なき才能を発揮出来るのです。例えばエジソンは小学校に馴染めませんでしたが、理解ある母親が天才の芽を摘み取ることなく育て、比類なき才能を開花させました。

赤ちゃんや子供の天才ぶりを大人が理解出来ない理由の一つに、赤ちゃんや子供に何も出来る訳がないという思い込みがあります。
例えば赤ちゃんもトレーニングすればオマルで排尿・排便出来るようになりますし、赤ちゃんのうちから嘘を上手につくのです。出来る訳がないと思い込んでいると試したり疑ったりすることがないのです。トイレトレーニングなんて出来る訳がないと思い込んでいるので、赤ちゃんの仕草を見逃してしまうのです。赤ちゃんが嘘をつくなんて想像すら出来ないので、赤ちゃんの嘘に振り回されるのです。
赤ちゃんや子供は大人のように言葉で意思を伝えることが出来ないだけで、大人と同じように考えています。むしろ常識にとらわれない(まだ常識を身につけていないだけです)自由な発想なので、大人よりも素直で直感的、場合によっては理にかなった合理的な考え方をします。大人は何事も常識という目に見えないフィルターを通して見てしまうので、物事の本質をつかめないことが良くあります。例えば糖質の害は明らかですが、大人は長年主食として食べていた常識にとらわれて受け入れられない人が大勢います。しかしこれまで生きている期間が短い分、常識に染まっている時間が短いので、子供だと案外簡単に糖質の害を受け入れることが出来るかもしれません。(頭での理解という意味で理屈に従って糖質がやめられるかどうかは別問題ですが)。

子供は何事を考えるにも全く先入観にとらわれることがないので、発想が無限に広がるから子供はみんな天才と言われるのです。
ヒトは常識という知恵と引き換えに、少しずつ天才としての才能を封印していくのかもしれません。

特に発明の分野では、常識にとらわれない子供の自由な発想が天才ぶりを発揮出来るかもしれません。何か困ったことがあると、子供の自由な発想をヒントに発明すると思いがけない物を作ることが出来るかもしれません。

子供の頃のように自由な発想を出来るように、常識にとらわれることから抜け出す方法は、常識革命の起こし方をご覧ください。

最も大切なことは正しい情報


情報が無ければ人間は食べるものすらわからないか弱い生き物です。情報が無ければ何も出来ないのはちょうどコンピューターと同じです。

他の動物は食べる物が決まっているので生き方が自然と決まってしまいます。人間は食べる物が決まっていないだけに無限の可能性がありますが、情報が無ければ何も出来ません。コンピューターは何でも出来る無限の可能性がありますが、ソフトという情報が無ければ何も出来ません。計算機やゲーム専用機は計算だけ、ゲームだけという機能を特化することで特に情報を得なくても機能を発揮することが出来ます。コンピューターが人間で、計算機やゲーム機は各種動物に相当します。

人間には無限の可能性がある代わりに情報が無ければ、何一つ出来ません。そのため親や先人から食べることの出来るものを情報として受け継ぎます。自分でも食べることの出来る情報を知識として蓄積することで更に情報の幅を広げていきます。

例えば今では多くの人が知っている河豚の毒ですが、毒の存在を知らなければ食べてしまうこともあるでしょう。毒の味自体は無い上に加熱しても解毒されません。食べてしまえば命を落としてしまいます。他にはキノコには毒を持ったものも多数あります。このように食べても大丈夫なものと、食べると危険なものの情報を得ていなければ命の危険と隣り合わせなのです。確かに文明が発達するにつれ命に関わるものを口にする危険性はほとんど無くなりました。しかし命に関わる情報だけは最低限得ていなければ、ふとしたことで命を落としかねません。例えば乳児にハチミツは危険であるなどです。

正しい情報一つあれば、人間は生活を変えることが出来ます。新しい情報一つで常識を書き換えることが出来るのです。

例えば糖質回避の情報一つで人生が変わった人もいます。

インターネットが発達したおかげでありとあらゆる情報が手に入るようになりましたが、情報の扱い方には注意が必要になりました。以前なら情報が広まる前に情報を広める誰かが情報の真偽や価値を判断していました。何故なら情報を伝えることに印刷などのお金がかかったからです。価値のない情報を広めようとしても広まらず、損をしてしまいます。お金をかけて嘘の情報を広めれば、お金をかけて自分の信憑性を下げることと同じなのでわざわざやる人はいませんでした。情報を伝えるお金をかける前に、真偽と価値を検討していたからこそ読むに値する情報だったのです。

インターネットでは正しい情報もただアクセスを集めたい情報も混雑しているのが現状です。これからはインターネットの中から素早く、正しい情報を引き出せる人だけが生き残ることが出来るようになると思います。

インターネットから正しい情報を引き出すにはどうすれば良いのでしょうか?それか自分の知識と照らし合わせて正しいもの・矛盾のないものを選び出すしかありません。

とにかく正しい情報をたくさん身につけて知識を広めましょう。

新しい知識が物事の理解を深める

人間は先人の知恵を知識として活用し、様々なことの理解が深まります。

今となっては当たり前の常識もかつては誰も知りませんでした。
そして全てがわかっていると錯覚している人もいますが、実は今でもわからないことだらけです。例えば重力の発生する仕組みはわかっていません。万有引力も引力という考え方をすると理解が深まりはしますが、重力の発生する仕組みがわかってはいません。そのため人工的に重力を発生させることはできません。(遠心力とつかって重力の代わりの体験はすることができます。)

わかっていることは全てわかっているけれど、わからないことは何一つわからない状態なのです。例えば宇宙の果てはどうなっているのかは誰にもわかりません。かつて海の向こうがどうなっているのか知らなかったのと同じです。

人間は知識のおかげで世界を理解できる

先日記載した空気の話も空気の存在を当たり前に知っているから、空気の抵抗ということを知っています。息を吹きかければローソクの炎を消すことができるのも簡単に理解できるのも空気の知識があればこそです。風が吹くのも空気が動くから風が動くと理解できます。空気の知識がなければ感じたまま風ということはわかりますが、何故風が起こるのかは理解できません。理解できないから神の存在を思い浮かべ、神の仕業として理解しようとしたのです。

知識として教えてもらえなければ、地球が動いていることを自分で見つけるのはかなり困難です。その手間を省いてくれるのが先人の知恵です。地球が動いている地動説が正しく、地球の自転と公転を理解することで一日の変化や、季節の移り変わりを知ることができます。そのことを知識として習得するために学校教育を受けるのです。

人は知識がなければ目に見えるものですら何一つ理解できません。理解できなければ制御もできません意図的に自分の思い通りにすることはできないのです。人類は大昔から自然を観察し、わかったことを知識として蓄えていきました。その知識の蓄積のおかげで農耕が発達しました。その後の科学の発展も知識が解釈を深め、新たな理屈を発見していくのです。

人間は知識がなければ子孫すら残せない

当たり前だと考えている常識も実はかつて何らかの形で知識として仕入れたものです。それは学校での教育かもしれませんし、親から教えてもらったことかもしれません。もしくは本で読んだ知識かもしれません。
生まれつきもっている知識は人間にはありません。
本能として痛みを避ける。不快な状態を避ける。お腹がすく。食べ物をおいしく感じる。喉が渇く。などの本能が欲として備わっているだけです(実はこれらの本能以外の欲は人間関係で生み出した、幻の欲です。金銭欲や名誉欲、出世欲などは人間関係による自己満足が生み出す欲求です。また改めて記事として書きたいと思います)。
実は人間は子孫を残すことすら知識として後天的に習得するのです。男と女が子供の頃から育ち、誰も子孫を残す方法を教えなければ子孫を残すことができないのです。人間には知らないことを知りたい欲求が興味として湧くような仕組みがあるので、お年頃になると性的なことを知りたくなるようです。
本来は知識を授けないと人間は子孫を残すことができないのですから、性教育には大きな意味があるのです。そのことを認めずに性教育を施そうとするため、現場で混乱が起こるのです。知識不足から望まない妊娠で不幸に陥ることがあるのです。
インターネットでいくらでも性的な動画が手に入る今、性教育を見直す時期ではないかと私は思います。

人間は食べるものすら知識によって決めている

そして人間は食べ物さえも知識として改めて身に着けなければいけません。生まれつき食べ物が決まっている種族とは違うのです。例えば蝶やカブトムシのように食べるものが決まっているもの達は悩むことなく食べ物を探します。人間は食べるものが決まっていないおかげでなんでも食べることができるのです。その分知識をつけないと間違った食べ物で命を落とすこともあるのです。河豚などが典型です。他には食中毒なども知識で避けることができます。またキノコなどは毒を含むものが多いので注意が必要です。

もし無人島で突然一人ぼっちになれば、何が食べられて何が食べられないかこれまで蓄えた知識を総動員して食べ物を探すことになります。
覚えている食べられる食料が見つからなければ、食べられそうなものを見つけて食べてみるしかありません。味が悪くないかが一つの目安になります。美味しく感じれば食べることができるかもしれません(人間は栄養になるものを美味しく感じる仕組みが備わっています)。美味しく食べることができてもその後お腹を壊すかどうかも考える必要があります。例えば人間が消化できない脂を含む魚(沖縄のバラムツなど)も存在します。

これまで食べ物が決まった理由

人類は知識により食べ物を選んでいますが、自分たちで栽培や飼育するため食べるものを選ぶことができるようになりました。
そこで人間が美味しく感じるものを好んで食べるようになりました。
その結果が炭水化物に頼る食生活になりました。
大量に増やすことができ、保存が効き、安価で美味しいことが炭水化物が広まった理由です。

知識がなければ病気になる

細菌感染やウイルス感染という概念がなかった時代には感染症で命を落とすことも仕方のないことでした。
かつてビタミンという概念がなかった時代にビタミン不足で命を落としてしまいました。
誰にも知識がなかったのですから仕方がありません。
かつてビタミンB1の不足による病、脚気という病気がありました。
ビタミンB1は玄米には含まれているものです。美味しいからといってわざわざビタミンをそぎ落とし白米として食べることで発症しました。知識がある現代から振り返ってみれば、わざわざ病気を引き起こす食べ方をしていると考えることができますが、かつては誰にもわからないことでした。命を落とすこともあった病なので、今の知識から考えれば不幸なことでした。
知識さえあれば防ぐことができたのですから。

知識により病気を失くすことができる

糖質依存という知識

糖質依存というという考え方があります(少なくとも以前の私は診断基準を満たしていました)。糖質による依存状態に陥っているため食べる量の自己コントロールができず、糖質に騙されたかのように糖質を食べ過ぎることで肥満を生じています。ダイエットを試みてもなかなか成功しないのは糖質依存の禁断症状である強い空腹感に負けてしまうためです。そしてダイエットして食べる量を意識的に制限することで成功しても、リバウンドしてしまいます。何故ならダイエットは身体が飢餓状態と錯覚して、レプチンという物質により、より多く食べさせようと仕向けることでリバウンドしてしまうのです。

人によっては糖質による高血糖の繰り返しに膵臓が耐え切れなくなって2型糖尿病を発症します。理論上血糖値を上げる糖質を避けることで2型糖尿病は改善します。(2型糖尿病が薬なしで治りました

糖質依存に伴い塩分依存という考え方もあります。
甘味を感じる糖質の甘味を打ち消すために塩分を食べたくなります。
おにぎりに塩をしたくなるのも、ご飯におかずがほしくなるように、パンにバターがほしくなります。スイカに塩をかけて食べたくなるのと同じで糖質の甘味をうつけすために塩分を欲します。糖質依存に伴い塩分依存に陥っている人も多くいるようです。そのため塩分を控えることが難しく感じるのです。糖質依存を脱出すれば塩分依存も自然に解消されると思います。
つまり高血圧も改善する可能性があります。

糖質による害という知識

糖質依存という知識により、糖質を食べ過ぎてしまうことが容易に理解できるようになります。その結果糖質を避けることで糖質依存から抜け出し、糖質依存症ともいえる2型糖尿病や肥満を解消するきっかけになると思います。
自分のことながらいつの間にか食べ過ぎてしまう理由が糖質依存の考え方により理解できるので、対策がとれるようになるのではないかと思います。

糖質回避による病気の改善率から、アトピー性皮膚炎や花粉症などのアレルギーやニキビなども改善する可能性があります。
アトピー性皮膚炎や花粉症などのアレルギーやニキビや尋常性疣贅などの感染症が改善する理屈は、糖化産物により免疫機能のバランスが崩れて発症する仮説を立てています。
この仮説が正しいと仮定して、理解が深まるか試してみても良いのではないでしょうか?
仮説通り尋常性疣贅の患者さんもお一人改善しました。

新しい知識により解釈が深まることをご自身で実感してみてください。
少なくとも糖質依存の考え方で、太る理由、痩せられない理由、リバウンドする理由などが容易に解釈できるようになります。その証拠に糖質依存から抜け出せば禁断症状である強い空腹感はなくなります。

良かったら糖質回避教の入信をご検討ください。
こっち側(糖質回避)にこれるかもしれませんよ。

人の頭を書き換える方法

人の頭を書き換えるとはどういう意味でしょうか?
それは全く違う考え方に頭を切り替えるきっかけを与えることを意味します。

言い換えると常識を書き換えると表現しても良いのかもしれません。

人の考え方を変えるのは簡単ではありませんが、思いもしない一言で切り替わることがあります。想像すらしなかった常識の枠の外のことを知ることで、それまでの常識を打ち壊すことで頭が書き換わることがあります。

頭を書き換える一言

例えば糖尿病を例に考えれば、これまでの常識は一度糖尿病かかると治す方法なないということでした。

頭を書き換える一言は『糖尿病は失くなりますよ』です。最初は高かった血糖値が正常値になったグラフを見せながら治るわけではありません、失くなるんです。と伝えると皆様一瞬思考停止になられます。

または水いぼ摘除は『虐待では?』『差別では?』という一言があると思考停止に陥ります。
他には子供は親の言いなりになる奴隷ではありません。という一言です。

思考停止の後の解説

その後血糖値を上げるのは糖質だけであり、糖質を避けることを解説すると、思考停止からゆっくり頭が働くようになられるようです。

治らないことが常識だったものが、治る上をいく失くなるという表現によって衝撃を受け一瞬で頭が書き換わる準備をするのだと思います。信じるかどうかは別にして、これまでの常識とは異なる可能性があるの知るだけで大きな衝撃を受けるようです。

新しい考え方を取り入れた時点で頭が書き換わるようです。
虐待・差別、奴隷に関する話はそれぞれのリンクをご参照ください。

『虐待』や『差別』をしていませんか?

頭を書き換えるための一言として、いきなりこんなキーワードが出てくれば、戸惑うことでしょう。解説が加わればもしかして!と真っ白になるかも知れません。

詳しい話は水イボ摘除は虐待では?をご参照下さい

人と過去を変えることは出来ない?

過去を変えることは間違いなく出来ませんが、人を変えることはどうでしょうか?アドラーの心理学によると人の頭を書き換えるのはかなり難しいようです。しかし相手の想像をこえる一言で、もしかしたら書き換わるかも知れません。そんな相手の想像をこえる一言を探してみて下さい。

自分の頭の書き換え方は常識革命の起こし方をご覧下さい。

『病気が治る』を改め『病気を失くす』

2型糖尿病肥満高血圧などが治ると表現していましたが、間違っていました。

治るのでは無いです。

病気が無くなる。

そもそも2型糖尿病や肥満は糖質に対する認識が原因で引き起こされた疾患というよりは状態です。

原因である糖質を摂り過ぎなければ、そもそも2型糖尿病や肥満の状態にはなりません。

糖質を控えることで改善すれば、2型糖尿病や肥満は治るのではありません。2型糖尿病や肥満は失くなるのです。表現を間違えていました。

病気を失くす

歴史を振り返ると、知識不足による食べ物の選択ミスによる病気がありました。ビタミンという概念が無かったためにビタミンが含まれた玄米をビタミンを削ぎ落として白米にして食べたために生じた何万人もの死人を出した脚気のように、現代にも食べ物による病気が蔓延しています。現代の脚気とも言える様々な病気を治すのではなく、失くしてしまいましょう。

幸いかつての脚気は先人の『知恵』により日本ではほぼ無くなりました。

次は2型糖尿病、肥満、高血圧を失くしてしまいましょう。アレルギーも恐らく失くなると思います。

病気を治すのではなく、失くす。無になるのではなく、病気を失ってしまう『意味』を込めて病気を失くす。当て字ですが表現としてぴったりだと思います。

非常識な人への対策 (誰の問題論の延長)

非常識な人というのはどこにでもいるものです。
常識を知らないのか、そもそも人に迷惑をかけない(それ自体が常識)という発想がないのかわかりませんが、非常識な人に嫌な思いをさせられるのはよくあることです。

何故わかっていてもわざと非常識なことをするか?
それは非常識な人が困らないからです。
むしろ非常識な人が得をする仕組みだから、人になんて思われようと関係ないと開き直った人が非常識なことをしてしまう隙があるのです。

非常識な人への対策

非常識なことをする人が困る対策をすることです。
他国から訪れた人は日本の常識を知らないのも無理はないことです。(郷に入っては郷に従えという諺があるので、常識を勉強してから来てほしいとも思いますが)
日本の常識に従わなければ、金銭的・時間的ペナルティーを被る仕組みを作るのです。

外国の人に限らず、非常識なことをしても他人が困るだけで、自分は困らない
突き詰めると他人の問題なのです。
非常識なことをする人の問題にしてしまえばよいのです。(誰の問題論
誰の問題かを考え、その人の問題・その人が困る問題になるように仕組みを作り替えるのです。

常識に従わなければ損をして、常識に従えば得をする

そんな発想で世の中のルールを作るようにすれば世の中が少しは変わるのではないかと私は思います。

そもそも常識は明文化されません。
何故ならみんなが当たり前に知っている常識だから。
その常識を知らない人たちがいれば、ルールとして明文化するしかなくなります。
そのルールを非常識な人が損する仕組みにしてしまうのです。

今のルールは非常識な人が見つかると罰を受けるという仕組みです。
それでは見つからないことを目指してしまうだけです。
見つからないことが目的だからです。

常識に従うことを目的にさせるため、常識に従わなければ損をする仕組みづくり。
こんな考え方はいかがでしょうか?

そもそも常識とは何かを考えているのはこちらです。