子育ては親を育てる・親も育つ

子育ての意味を考えてみます。

子育ては文字通り子供を育てることです。
しかし実は親を育てる一面もあり、親も育つのです。

どういう意味か考えていきます。
子供が大人になっても困らないように常識を身につけさせてあげることが、一番の目的だと私は思います。

子育てでついつい怒ってしまうということをよく聞きます。
全ての元は親御さんの勘違いです。

大人の常識は子供の非常識だから

大人は子供が知っていると思い込んで、子供が知らないことを怒るのです。
本来子供が知らないことを親が知ることで、大人が当たり前に思っていたことを子供は知らないのだと再認識できるのです。
大人にとっては疑いもしない常識が欠落している子供の考え方を知ることで、いつの間にか当たり前で不思議にも思っていなかった常識の意味を再認識できるのです。この常識の意味の再認識こそが親を育てることにつながり、親が育つのです。

子供の知らないことを知ることで親が育つ

子供を怒る必要はありません。
何故なら子供は知らないだけなのです。
親が知っているから子供も言わなくてもわかるだろうというのは、親の勝手な思い込みです。親は自分が育つ際に誰かに教えてもらったのです。自然に身に着けたつもりですが、誰かに教えてもらったのです。
子供にとってその誰かとは、怒っている親以外あり得ません。
本来は知らないことを教えてくれるべき親が知らないことを責めるのですから、子供にとってはたまりません。
かといって一人では生きていけないので我慢しているのです。

子供は何かをただ知らないだけなのです。

怒る必要なんてありません。

営業マンの意味

会社のために商品を売るのが仕事だと勘違いしている人がいます。
営業成績も商品を売った金額で判断されるためやむをえないとは思います。
営業マンの本当の『意味』は何でしょうか?
商品を売るのが仕事でしょうか?
とにかく売れれば何でもありなんでしょうか?給料をもらっている限り、自社の商品を売るのが存在理由だと思っているのです。
私は違うと思います。人付き合いで買ってもらえたのは昭和の古きよき時代だと思います。それは情報が限られていたから、営業マンに言われるままに買うしか選択枝がなかった時代のことです。
これだけ情報が溢れていれば無理に営業マンから買わなくても、大抵のものはネットで購入できます。
では営業マンの存在する『意味』は何でしょうか?
営業マンはお客様の欲しいものを買ってもらうためにいるのです。自社商品を売るのが仕事だと勘違いしていると、お客様の欲しいものではなく自分の売りたいものを売り付けてしまうのです。
言葉巧みにその気にさせて買ってもらうのでは『意味』がないのです。お客様は少しでも不満が残れば周囲に不満を漏らします。結果として商品の評判を下げてしまうのです。
これまでは情報を集めること自体が難しく、本当に欲しい商品を探すことが大変なことでした。
今の営業マンに求められるのは、お客様の代わりに欲しいものを考えることです。代わりに考えることの出来る営業マンだけが、これからの情報社会を生き残ることができるのです。
これらの考え方の根本は利益は企業の為ならずです。

勉強する意味 嘘つきおサルを見つけるため?

おサルさんも嘘がつける

勉強する『意味』はヒトの『知恵』を身につけるため。
言い換えると嘘を見抜く『知恵』を身につけるため。
おサルさんでもつける嘘。おサルさんとヒトの違いは嘘を見抜けるかどうかだと思います。
実はおサルさんも嘘をつける賢いおサルさんがいるのです。嘘つきおサルさんは餌を食べている際、餌を独り占めしようとして敵が来たときに発する叫び声をあげ、仲間を追い払い餌を独り占めします。敵がいないことがわかって戻ってきても嘘の叫び声を発して餌を独り占めした嘘つきサルの嘘に気付けません。嘘つきサルを責めたり、仲間ハズレにしたりはしないのです。
と言うよりおサルさんはサル知恵ですから、恐らく嘘が理解できないのです。

嘘を見抜けるのはヒトだけ

巧妙に練り上げられた嘘は見抜くのは困難ですが、確認すればすぐ判明する嘘でもおサルさんには理解できないのです。ヒトが他人の嘘に気付くためには『知恵』をつけるしかありません。言っていることの矛盾や違和感に気付き、論理的に正しいかどうかの検証を行うことが出来るようになるために勉強するのです。おサルさんからヒトに進化するために!
ヒトとしての『知恵』があれば、嘘のチェックポイントを見つけ出して、一つ一つ矛盾がないか探し出せます。
この質問にこう答えれば本当、これだと嘘というようにチェックポイントを考えつくことがヒトの『知恵』だと思います。
思いつかなければ、まだヒトに進化していない毛の無いおサルさんなのではないでしょうか?

勉強の意味は嘘を見抜く知恵をつけること

嘘も方便の方便を見破る必要はありませんが、小さな嘘が泥棒の始まりとなることもあります。
嘘をつくということは何か隠したいことがあるはずです。隠したいことが大きければ泥棒や詐欺などの犯罪に結びつくと思います。
嘘から始まる犯罪に巻き込まれないようにヒトとしての『知恵』を身につけましょう。
その第一歩が勉強なのではないでしょうか?
嘘つきを見つける集団面接とかすると、ヒトの知恵がわかりますね。
数学、物理など論理的思考問題で問題の解法の間違い探しの入試問題も面白いですね。

無料ゲームの意味

無料ゲームの『意味』を考えてみました。
無料ゲームとは自分の時間をポイントにかえてゲームをするものです。お金を払うのは、自分の時間をお金を出して買っているようなものです。
無料ゲームも慈善事業をしているわけではありません。当然利益を上げるために行っているものです。利益は時間を金で買うこと、つまりお金を払ってもらうことを求めています。基本は時間をいっぱい使うように出来る限り多く使ってもらうような仕組みを創り上げていますが、お金を使うことで時間を待つことなくプレイできるような仕組みにしてあります。
自分の時間を使ってゲームをしていると言う意味に気づいていないと、いくらでもお金を使っていないしまいます。
そしてゲームから離れられない仕組みを作り上げます。ゲーム会社の『目的』は株主のためにお金を稼いで収益をあげることです。
利用者を楽しませるのは『目的』ではなく、ただ単にお金を稼ぐための『手段』です。利用者のためを考えてと言ったところで、自分達のお金を稼ぐためと公言できないので、利用者のためと言う振りをしているだけです。
人は興味を持ったものに対して、衝動的に手に入れたくなってしまいます。衝動買いの心境を思い出すと理解しやすいと思います。人類の歴史では食べ物の確保は死活問題でした。食べ物を見つけたら、高い所にあっても川の向こうにあっても何とかして手に入れようと努力出来たものだけが生き残ることが出来たのです。
その子孫である私達は欲しいものを見つけると無性に欲しくなってしまうように、頭の構造が出来ているのです。欲しくなるものを準備してゲームを続けるように設計しているのです。
そうゲームの最終『目的』はあなたの時間かけて遊んでもらうことでは無く、あなたのお金です。
その衝動を抑えるには10分間は我慢することで乗り越えることが出来るそうです。
その『意味』を知った上で楽しく遊ぶようにしましょう。

 

遊び・スポーツの意味を考えてみました。

遊びの意味を考えてみました。
遊びは様々なルールを学び体の動かし方を身を以て体験することにより、将来さまざまなことができるようになるための準備運動なのです。
そのため動物でも体をつかった遊びを自然におこないます。動物でも大人になったら体の動かし方がわかるため遊びをしなくなります。
恐らく子供のうちは体を動かすことに喜びを感じるように脳の仕組みが作られているのだと思います。
人間でも同じように大人になると遊びをしなくなるのは、体を動かす、体を操縦する楽しみがなくなるからです。
最近では子供があまり遊ばなくなっているようです。
本来は楽しいはずの遊びよりも、楽しく感じてしまうゲームなどの誘惑が多いのが原因かもしれません。
体の動かし方の習得がおろそかになって、怪我が増えるなどなければよいなと思います。
スポーツの意味は、身体の能力を最大限に引き出すトレーニングする目的に始まりました。
競争するのは自分の能力を最大限に引き出すための手段です。競争することにより最大限に努力することが目的であり、順位にあまり意味はありません。最大限努力すれば勝ち負けや順位は本来どちらでもよいのです。
だからこそスポーツマンシップにのっとり、正々堂々なのです。
スポーツマンシップとは勝ち負けではなく、努力したことに価値を見出すのだと思います。
最大限に努力するための競争であるのに、不正なことをしてでも順位を上げようとするのは、『意味』・『目的』を理解していないのでしょう。
順位によって得られるお金や地位が変わる場合、勘違いが起こりやすいようです。

 

私の速読の方法(短縮読み)

時間の使い方を考えてみました。
1日は24時間は誰にでも平等に与えられた時間です。
しかし使い方は人それぞれ異なります。
やりたいことが山ほどあるので、少しでも時間を有効活用する方法を考えました。
方法は三つです。

  1. 文章の入力速度を上げる
  2. 文章を読む速度を上げる
  3. 思考を抽象的に行うこと。

1.に関しては20代のころからトレーニングをしていました。幸いタイピングゲームが訓練に最適だったので、楽しみながら入力速度を上げました。3.に関してはできるだけ思考を抽象的に行うようにしました。何故なら物事を具体的に考えることは一つ一つの違いを考えなければならず、時間がかかるからです。できるだけ一般化し、抽象的に物事の本質をとらえて考えるようにしました。このことを文章で説明することは今の私には困難なので割愛します。

私の速読法のやり方

私の速読のやり方は至ってシンプルです。
恐らく頭の使い方を変更することが得意な方はごく簡単に速読できるようになると思います。頭の使い方を変えるという概念自体がない方はこの速読法は困難かもしれません。

やり方はワープロの入力の際、何度も出てくる単語登録をする方法を活用します。
例えばアメリカ合衆国という単語が何度も出てくる文章を入力する際、『あめ』と入力して『アメリカ合衆国』と入力できるように単語登録を行います。これを速読に応用します。

繰り返し出てくる長い単語を最初の2・3文字から予測する
短縮読み

文章を読む際
『アメリカ合衆国』という単語が何度も出てくれば、『アメ』まで読んで後が続いていれば、頭の中で『アメリカ合衆国』だと短縮読みして読み飛ばすのです。何度も出てくる単語をこの容量で読み飛ばすことで、読む速度を速めます。長ければ長い単語を短縮して読み飛ばすことで早く読むことができるようになります。いくつもの単語を組み合わせて速読を行うことで、速度はドンドン上がっていきます。文章の意味が通じなければ予測が間違っているので、元に戻って読み返せばよいのです。

日本語は表意文字のため、漫画のような絵として一瞬で意味を読み取ることのできることを利用した速読だと思います。
全員の方ができるようになるかどうかわかりませんが、理屈は難しくない速読だと思います。
良かったらお試しください。

怒ることの意味 ~怒ることに意味はない?~

怒ることの意味を考えてみました。

あまり知られていませんが、怒ることで相手は怒られたことを反省すると考えがちですが、大きな勘違いです。

そもそも何故怒られているか理解していません。

何故なら多くの場合怒られるとわかっていて怒られるような行動をしているわけではないのです。怒られると知らないからこそやってしまったのです。
そして怒ることで伝わるのは怒っているという事実だけです。何か怒らせることをしたんだろうなという漠然としたことだけが伝わります。何故なら感情的に任せて怒っているだけで、怒っている理由を相手にわかるようには説明していないからです。
ありがちなのが怒っている際にガミガミ言った後で
『わかった?』と聞くことがあります。
ここで『わからない』などと言おうものなら振り出しに戻るので、怒られている人は実際には全くわからないと思っていても口が裂けても言えません。結果として『わかりました』という答えが返ってきます。
怒られる理由がわからないので、同じことを繰り返して余計怒るという無限ループに陥るのです。

そもそも何故怒られているか理解しないまま怒られているのですから、わかったと言われても本来はわかるわけがないのです。でも余計怒られるから言えない、結果再び怒られる、の繰り返しです。

怒るという行為は、わかりやすくいうと犬が吠えているような状態です。
怒っていることはわかるけど何を怒っているのかわからない。怒っている理由を聞きたいけど聞けない、その意味で犬が吠えるのと同じなのです。
怒られた側としては、エサを取られると勘違いしたのかな?と類推するしかないのです。

人間同士なのに吠えるだけなのは勿体無いですよね。何故なら人間には怒る理由を説明出来る言葉があるからです。

怒られている人にとっては犬が吠えているのと同じ

怒っている人も同じです。怒っている理由は怒っている人にとっては許しがたい当たり前のことですから、わざわざ口に出すのも憚られるほどの内容です。
怒っている人にとっては当たり前ということがポイントです。
怒られている人にとっては初耳です。当たり前でもなんでもなく、全く知らないこともよくあるのです。それこそ想像すらしていないことを怒られているかもしれないのです。想像すらできないことを言葉で言われても全く理解できないので、それこそ本当に犬に吠えられているのと変わらないのです。それを一方的に怒られるのですから、どうしたらよいのかわからないのです。

怒ることに意味はありません。

このことは三つの理由があります。

  • 怒る元はお互いの認識の齟齬(勘違い)だから。
  • 怒ったところで伝わるのは怒っているという事実だけだから
  • 怒ることで相手より優位だと示すことが目的だから(目的論

怒らない対策は?

いくら腹が立っても相手が知らずにやったことを責めても仕方がありません。同じことを繰り返さない目的で、知らないことは教えてあげればよいだけのことです。本来相手の立場であれば知っているべきことで、知らないこと自体が落ち度なのであれば、相手が理解できるようにその落ち度を伝えてあげればよいだけのことです。知らないのですから。
知らないことで、どれだけの損害を与えるのか、どれだけ不快な思いを相手にさせるかを説明すればよいのです。そもそも相手にわかるようにその落ち度を説明しても、理解することができないレベルの相手に怒っても時間の無駄です。(気分は少しだけ晴れるかもしれませんが)

実は怒る場面を振り返ってみると、多くの場合怒っている側にも落ち度があるのです。
それは前もってこちらの意向を相手が理解しているか確認していないことです。認識がずれていないかを前もって確認していなければ、怒る資格はほとんどないと言えます。
当たり前に相手は知っているはずと思い込んで、確認しないことが原因ということもよくあります。自分が確認を怠ったことを棚に上げて怒るのは私はフェアではないと思います。
怒る前に自分が確認を怠った落ち度がないか振り返ってみてください。通常怒る側が優位な立場です。優位な立場から確認をするようにすれば怒る場面は激減するはずです。
親子間でも同じことが言えます。その話は改めて。

食事の『意味』を考える

様々な物事の『意味』を考えるのですが今日は食事の『意味』を考えてみます。

食事というのは食べ物を食べることです。それ以上でもそれ以下でもありません。

食事の『意味』は大きく分けて二つあります。

  • 生命を維持するための栄養補給
  • 楽しみ・快楽
    • 何を食べるか?
    • 誰と食べるか?
    • 何処で食べるか?

生命を維持するために食事は欠かせません。必ず必要なものです。身体を維持するために必ず必要です。タンパク質と脂質は代謝により消費される(細胞が新しいものに入れ替わる)ので、必ず補給する必要があります。

楽しみ・快楽を得られるかどうか。そもそも食事に快楽を求めるかどうか、快楽を感じるかどうかは人により異なります。楽しみ・快楽を追い求めてしまうと依存に近い状態に陥ってしまいます。ただ食べ物に対する依存の多くは血糖値の上昇に伴う快楽として記憶され、糖質に対する依存のようです。

本来は美味に感じるということは身体にとって必要な栄養のことを『意味』していました。生存に有利に働くように美味と感じる仕組みが備えられたのです。しかし飽食の時代には危険な誘惑としての『意味』になってしまいました。

そして依存状態に陥っていると自分では判断がつかないため、抜け出すことは困難かもしれません。

食事の『意味』は栄養補給と楽しみ・快楽の追求。一度それぞれの『意味』を切り離して考えてみると良いと思います。

貴方の食べ物を選ぶ基準は栄養補給ですか?快楽ですか?

暗記力・記憶力の価値が下がった?

あまり認識されていないようですが、最近暗記することの『意味』が変わりました。

以前は頭で覚えるしか他に方法がなかったためひたすら覚えました。どうしても忘れてはいけないことはメモを取るなどして工夫して乗り切っていました。

暗記力・記憶力の価値が下がりました

以前は頭で覚えるしか他に素早く適切な情報を引き出す方法がありませんでした。人間の頭脳を検索システムとして活用していたのです。昔の中国の科挙の時代から、膨大な量の書物を暗記し、適切な情報を引き出すことの出来る人が優秀とされてきました。今でも多くの試験が暗記力・記憶力を問うのはこの名残りです。

試験範囲を覚えて間違いなく正確に取り出すことの出来るものが、新たに物事を覚えるのも得意だろうと推測できるため優秀とされたのでした。

優秀な検索システム

今では暗記力・記憶力に優れていることの価値は急速に下がりました。何故なら科学技術の進歩により、人間の頭脳よりも優秀な検索システムが生み出されたからです。インターネットという魔法のような技術なより、容量の制約すらなくなりました。あるのは情報のやり取りする速度の問題だけです。しかもスマホやタブレットという情報端末まで存在するため、どこでも情報を取り出せるため、暗記力・記憶力というのは以前程の意味がなくなりました。

この大変革に気付いていない人が大勢います。頭で覚えるのは思考するために必要な最低限の情報で良さそうです。思考の元にするために必要な情報は覚えるべきです。詳細な暗記は機械に任せれば良いのです。

入試や入社試験で暗記力や記憶力を問うのは、余り意味が無くなりつつあると私は思います。