今まで当たり前だった古い『常識』が、新しい考え方と比較する必要に迫られることがあります。
しかし古い『常識』が当たり前であり、新しい考え方の真偽の判断は非常に困難です。
古い『常識』の真偽を判断することが困難なのは、古い『常識』そのものが正しいものとして思考の根底にあるからです。これまで身につけた『常識』と余りにかけ離れた話は、明らかな嘘あるいは間違いとして常識(その『常識』が間違っていたとしても)のフィルターでシャットアウトされてしまうのです。そんなことはあり得ないという言葉とともに検証される前にシャットアウトされるのですから、正しいかどうかの検討の余地すらないのです。その正しいはずのもの・古い『常識』が間違っていると言われても、そもそも真偽を疑ったこともないので、間違いかどうかを検証する方法すら思いつかないのです。どうしたらよいのかわからなくなる思考停止に陥ってしまうのです。
人間が物事を考える思考の元になる『常識』を入れ替えることは、コンピュータやスマホでいうとオペレーションシステム(OS)を入れ替えることに相当します。しかしOSの入れ替えと大きく異なるのは、『常識』を入れ替えるか入れ替えないかは、『常識』を元に思考している自分自身で考えないといけないということです。
OSの更新であれば、創造主である開発者が、より優れたものが出来た時点でリリースします。多少の不具合の心配はあってもわざわざ以前より悪いものを後から出すはずがないので、導入するかどうかの判断はほとんど必要がありません。古いOSの不具合の解消や機能の向上など新しいOSが古いOSよりも優れています。作り出した人間が客観的に良いと判断し、入れ替えるのです。
不都合があるから新しいものに入れ替える必要があるのに、入れ替えるかどうかは不都合のあるOSで考える必要があるのです。
幸いOSは人間が作り出したもので、欠点や利点を客観的に判断することができるため、改善を正確に第三者として判断することができます。OSは完全ではないことが前提でその時点でのベストというだけなので、時間の経過とともに更新(バージョンアップ)が随時行われます。
しかし人間の頭は間違いがある・不完全なところがあるという認識は非常に困難です。既に身につけている誤っている『常識』が先入観として、客観的な判断を邪魔してしまい正確な判断が出来ないのです。
絶えず色付きメガネをかけて外の世界を見ていれば、本当の色がわからないのと同じです。青色のレンズのメガネをかけていれば世界は青みがかった世界です。赤色のレンズのメガネをかけていれば世界は赤みがかった世界です。人間の目が認識できる光とは異なった波長の色を通す色付きメガネのレンズ越しだと、裸眼の物の見え方とは大きく異なります。もし色付きメガネを通して周りを見ていることがわからなければ、一生本当の見え方を知ることなく過ごすことになるのです。
人は物事の認識において、無意識のうちにこれまで蓄えた知識や常識と言う色付きメガネのようなフィルターを通して理解しています。これまでの常識を覆すような物事はフィルターそのものを取り替えることを意味し、フィルターが目詰まりして通過出来ず理解できないのです。
フィルターの真偽をフィルター自身で行うことになるので、どのように扱えば良いかわからないという混乱を生じ、思考停止に陥ります。
色付き眼鏡をかけたまま、別の眼鏡の方が色が正しいといわれても判断がつかないのです。
しかもその人が見え方が当たり前すぎて色付き眼鏡を通して周りをみていることすら認識していないことを想像してみてください。今の色付き眼鏡が色がおかしいといわれて、色のない眼鏡を手渡してもこれまでと見え方は同じだと主張する。色付き眼鏡の外し方を知らないから、色付き眼鏡の上から色のない眼鏡をかけるしかないのです。
自分一人だけで間違いに気付いて、間違いを修正することの困難さはある種の方言でもわかります。その地方特有の方言を当たり前に使っていると、全国共通で通じると勘違いしていることはよくあります。共通語だと思い込むと、方言が通じない人に指摘されるまで、自分では気付くことができないことからもわかると思います。意味が通じない人と会話することで初めて方言だと認識できるのです。
自分自身の性格を自分一人で良し悪しを判断し、その性格を変えるのが困難なのも同じです。人に指摘されるあるいは人と比較して初めて自分の考え方に問題があるのかないのかがわかるのです。
何故なら自分自身の性格を客観的に認識する方法がないからです。
姿形の客観的な確認方法は鏡を使えば一目瞭然です。鏡が自らのありのままの姿を確認することができます。
しかし性格や考え方の客観的指標、いわば性格や考え方の鏡とも言えるものがないのです。人との比較や理想の性格や考え方などの指針等何らか助けがなければ、客観的に自分を見つめることができないのです。