知らぬが仏と知らなければ損の違い

知らぬが仏と言う諺があります。知ってしまったがために悩んでしまうあるいは困ってしまうという諺です。
反対に知らなければ損なことも多くあります。
知って困るのと知らなければ困る違いを考えてみました。

その違いを一言で表現すれば、判断出来るか出来ないかです。判断出来ることは知らなければ損ですし、判断出来ないことは知らぬが仏です。
そもそも知らなければ判断がつかないため、何事も知った上で判断するのが基本です。割引きセールや割引き条件など知らなければ損してしまう情報も、知らなければ活用することが出来ない仕組みも良くあります。お得な情報は知らなければ損です。
知らぬが仏と言われるのはどんなものか考えてみます。判断がつかない情報を知ってしまった場合に当てはまります。得られる情報をどのように判断するか想定した上で、聞くかどうか考えるのが一番です。

つまり判断がつかないことは知らぬが仏だと思います。知る前に判断出来ることか判断出来ないことか考えてから聞くかどうか考えるべきだと思います。

良くある話がアレルギー検査です。何事もなく食べているものをアレルギー検査してしまって、結果が陽性でどうしたら良いのか判断に困ると言う相談を受けることがあります。本来なら検査をした医師が検査結果の判断をして指導するはずですが、結果だけ渡して終わりという医師がいるようです。もしかしたら医師もどうすれば良いのか判断がつかないのに、検査料目当てで検査しているだけなのかもしれません。

食べていて問題のない食べ物は本来ならアレルギー検査をするまでもありません。食べて問題がないのですから、摂取試験で陰性です。しかしアレルギー検査をした結果が陽性だと、食べて良いのか不安になってしまうのです。

知る前にその情報の内容をどのように扱うか考えた上で、知るかどうか考えると良いと思います。

仮に全てのことが判断出来る人がいるとすれば、その人は知らぬが仏と思うことはありません。どのような情報であれ、虚偽の情報でさえなければ判断材料が更に増えるので積極的に情報を求めると思います。逆に判断出来ないことが多い人は、知らぬが仏だと思うことが多くあることになります。

多くのことを判断出来るようになるためには、出来るだけ多くの判断材料を前もって知っておく必要があります。

あることを知っても、現時点での自分のもっている判断材料では判断出来ないと思えば、知らぬが仏としてあえて知ろうとしないことが賢明かもしれません。

投稿者:

呉からの風

呉の医師です。 糖質回避教の推奨者です。 様々な分野で気づいたことを掲載していきます。 怒る必要のない子育てを掲載予定です。