怒る親と怒らない親の心理

怒る親と怒らない親。
怒る親は自分が子供のことを思っているから怒っていると勘違いしています。
自分が正しいと思いこんで子供を怒っています。
子供をこんなに怒ることが出来る立派な親だと勘違いし、更に周囲にアピールする目的で怒っているかなり勘違いされた親までいます。
怒らない親は子供の自主性に任せるという大義名分で、子育てを半分放棄している場合もあります。
親が怒るのは、自分の優位性を子供達に見せ付けたいがためです。
きちんと大人の世界の『常識』を身につけさせてあげていないのに、その『常識』を知らない・わかっていないといって怒るです。
大人は子供に対して、子供の知らない『知恵』を持っていることで優位性を示せば良いのですが、怒るという間違った優位性を示しているようです。
しかも大人が子供を怒る際に大人が子供にきちんと伝えていないことが原因にも関わらず、子供が知っていて当然として怒っているのは私には奇異に感じます。
例えていうなら大人が堀った落とし穴があったとします。
大人は気をつけて歩きなさいといいます。
大人は落とし穴があるのは当たり前だから、落とし穴に気をつけて歩きなさいとはいいません。
ただ気をつけてといえば落とし穴に気をつけるのは当たり前だと思っているのです。
子供達は違います。隠された落とし穴があることを見たこともなければ聞いたこともありません。気をつけるというのは目に見える石ころにつまずかないことや、転ばないことだと思います。見たことも聞いたこともない落とし穴に気をつけることができるわけがありません。
その見つけることができるわけがない落とし穴に落ちたといって責める親がいるのです。
『気をつけるように言ったじゃない!』と
大人にとっては落とし穴は当たり前だから、意識していないため落とし穴に気をつけると言ったか言っていないか定かではありません。当たり前すぎて言わなくても子供のわかっていると錯覚しているのです。
落とし穴を地雷に置き換えても構いません。
地雷を踏んだという比喩表現にも使われるので、地雷の方がわかりやすいかもしれませんね。
怒らない親は子供が騒いでも気にならないのです。
子供が何かをしても気にもとめません。
もしかしたら子供に関心がないのかもしれません。
子供に関心があれば人に迷惑をかけないように気を付けますし、子供の行動が気になります。
怒らない心理としてはプチ育児放棄に近い心境なのかもしれません。
怒らない親を見かけたら、そんな心理かもしれないと思いながら観察しているともしかしたら理解できるかもしれません。