当たり前の有難さに気付く方法

余りに当たり前のことは、その有難さに気付くことはなかなか出来ません。比較をしない限り有難さに気付くことは出来ません。例えば糖質を食べる炭水化物を主食として食べる習慣は当たり前過ぎて、食べないとどうなるのか?ということは認識出来ません。実際に比較をしなければ、当たり前過ぎて糖質を食べない選択肢があることに気付くことは出来ませんでした。

具体的には日本人にとっては当たり前のことは日本人同士ではその価値や意味に気付くことは出来ません。海外と比較することで初めて認識することが出来るのです。言わば日本人にとって当たり前のことは、特別なことではなく当たり前すぎて認識出来ない空気のような存在になるのです。存在していて当たり前で日頃特に意識しない程当たり前となってしまっていることが多々あります。

例えば安全な水です。水道をひねれば飲むことの出来る水が手に入ります。海外では飲むことの出来る水ら貴重なことです。海外と比較しなければ水が簡単に手に入る有難さに気付くことは容易ではありません。

例えば治安の良さです。夜道の一人歩きでも犯罪に巻き込まれることはほとんどありません。海外では昼間で男性でさえも一人歩きは危険な場所がいくらでもあるようです。日本では犯罪に巻き込まれないのが当たり前ですが、海外では場所によっては犯罪に巻き込まれるのが当たり前です。

日本では街中で喉が渇けば自動販売機で飲み物を買うことが出来て便利ですが、そもそも海外では自動販売機は壊されてお金を抜き取られてしまうため自動販売機そのものがありません。

日本では順番に並ぶなど様々なことに秩序が保たれていますが、海外では順番に並ぶという概念そのものがないこともあるようです。

これらは比較しなければ当たり前すぎて有難さを認識することが出来ないのです。比較は当たり前の有難さを再認識させてくれる重要な意味があると思います。他人との比較、他国との比較、過去との比較など比較の方法は様々ですが、比較することで当たり前の意味を再認識してみてはいかがでしょうか?

投稿者:

呉からの風

呉の医師です。 糖質回避教の推奨者です。 様々な分野で気づいたことを掲載していきます。 怒る必要のない子育てを掲載予定です。