肉食動物は空腹の時以外動物を襲いません。その理由は簡単です。他の動物を襲う際に反撃をくらうかもしれないからです。つまり自分の命の危険もあるため無駄な狩りをしないのです。
人類も進化の歴史において命がけで動物の狩りをする際、反撃される恐れがあるので無駄な狩りはしませんでした。現代でも狩猟採集生活をしている人達は食べる分以上の狩りをすることはありません。何故なら危険だからです。命の危険をおかしてまで無駄な狩りをしたりしないのです。
人間が知恵を働かせることでさまざまな武器を生み出し、狩りが反撃の恐れのない一方的な殺戮になったことで、歯止めが効かなくなったのです。ノーリスクだからこそ遊びで簡単に殺してしまう人達がいるのです。例えば木の棒しか武器が無ければ相手を殺そうとしても一撃で致命傷に至らないため、自分が無傷で相手を殺すことは困難です。木の棒で命をかけてまで遊びで人や動物殺す人はまずいないでしょう。
反撃されず相手を殺す知恵が高じて飛び道具が生まれ、更に研ぎ澄まされて一方的な殺戮の道具になってしまいました。一方的な殺戮出来る武器を手にすることは動物の世界では神のような存在です。何故なら反撃されないからです。相手の命をリスクを負うことなく、自在に奪うことが出来るからです。
人間はリスクを負うことなく相手の命を奪う道具を手にするという神のような力を持ってしまったのに、まだその意味を理解出来ずお互い殺しあう未熟な存在です。いわば子供が銃を持って振り回しているような状態ではないかと思います。
人間も動物の一種です。肉食動物が無駄な狩りをしない理由を理解し、反撃されないから理不尽に振る舞うのではなく、反撃されなくても節度を持って行動するようになりたいですね。もしかしたら人間が反撃されずに攻撃出来る武器の進化から、動物の範疇をこえることを恐れた先人達が宗教を生み出し、人類に無駄な戦いを避けるモラルを授けたのかもしれません。
せっかく人間に生まれたのですから、他者を思いやる心を身につけたいですね。別の言い方をすると、一方的に他の動物を殺すことが出来ることで動物の範疇をこえてしまった人間も、相手を愛しむことで無駄な殺しをしない動物の範疇に戻ることが出来るといいですね。