偏差値が高くても仕事が出来ない人がいる理由

今の日本の世の中では、一般的に偏差値の高い人は優秀だと考えられています。確かに優秀な人が多いのは事実ですが、中には社会生活において役に立たないとみられる人がいるのも確かです。今回はその理由を考えてみます。

偏差値とは

偏差値とは様々なテストの結果の中での分布を数値化したものです。集団の分布の中で上位であれば高く、下位であれば低くなります。偏差値を算出した試験と似たような試験をすると、同じ母集団が同じような分布になることから、入試の合否に相関するので序列化に使われます。

偏差値が高いとは?

偏差値が高いことは試験においては優秀かもしれませんが、それは記憶力と試験問題という必ず一つの答えが用意されたパズルを解くことに優れているだけです。つまり答えの用意された問題を解くことに優れていることがわかります。

仕事が出来ないとは?

仕事が出来ないとは、求められる課題の解決が出来ないことです(参考:仕事が出来る人と仕事が出来ない人の違い)。例えば物を売ることや、新しい商品開発など様々な仕事があります。その仕事で求められる課題の解決が求められるレベルで出来ない場合、仕事が出来ないと周囲から判断されます。

求められる課題の理解が困難な場合もありますし、課題の解決策がそもそも存在しない場合もあります。課題の理解に関しては、偏差値と相関があるかもしれません。しかし課題の解決策は、そもそも解決可能かどうかから考えなければなりません。解決は出来ない問題であっても、最善を尽くす最適解を探す能力がもとめられるのです。私の知る限り学校では教えてくれないので、どうすれば良いのかわからなくなり多くの人が混乱してしまうのです。混乱しながら最適解を見つけることの出来る人もいれば、答えのない問題の解き方・考え方・取り掛かり方が全くわからず途方にくれる人もいるのです。

偏差値の高い人に限らず、途方にくれる人は一定割合でいるのですが、偏差値が高いと能力が高いと期待されているので失望されてしまうのです。

偏差値と仕事の出来が必ずしも相関しない理由

偏差値は元々用意された正解を答える能力の良し悪しをはかるものです。仕事とは正解があるとは限らない課題を解くことが求められます。仕事とは現状での最適解を見つけることが出来る人間が優れていると考えられるのです。

偏差値は正解を答える能力をはかり、仕事は最適解を答える能力が求められるので、偏差値の良し悪しと仕事の出来不出来はズレが生じるのです。

仕事の採用の際に偏差値がフィルター代わりに使われる理由

今のところ他に適切な指標がないため、仕方なく偏差値で代用しているのです。

本屋さんは既に茹でられている

本屋さんは既に茹でられていると思います。

茹でらるとは茹でカエルのカエルの例えのように気付かずに逃げ出さないことを表現するものです。実際にはカエルは水の温度が上がると逃げ出そうとするので、疑似科学と言われているようです。考え方としてはわかりやすのでこのように表現してみます。

本屋さんの環境が変わっているのは、電気屋さんと同じです。具体的な商品の陳列を見てネットで購入する人が増えることです。

何故なら紙の本にない魅力が電子書籍には用意されているからです。

電子書籍のメリット

  • スマホでいつでも何処でも読める
  • わざわざ持ち運ぶ必要がない
  • 保管場所がいらない
  • 読み終わった本の始末に困らない
  • マーキングにペンが不必要
  • 安い(古本屋に売れない分値引きされるイメージ?)

電子書籍のデメリット

  • 人にプレゼントすることが出来ない
  • 所有している実感がない
  • 機械が壊れると読むことが出来ない

これからの本屋さん

実際に本を手にとって見ることの出来る魅力はありますが、値段が安い電子書籍には太刀打ち出来ない面があります。まだ本屋さんで買う人が多いため、茹でられている実感はないのかもしれません。茹でられている実感のある本屋さんは、コミックのレンタルなど新しい事業展開をはじめています。これもAmazonが定額サービスをはじめてしまうとレンタルというメリットが一瞬で消えてしまいます。少なくとも電子書籍の期間限定で格安販売が始まればレンタルサービスと競合します。

そろそろ本の定価販売を見直す時期なのかもしれません。もしなしたら電子書籍化されていない本ばかり集めた本屋さんが流行るかもしれません。

他にも既に茹でられている業界はあるかもしれません。時代が大きく変わりつつあります。

説得マンを送り出す説得会社

ある営業マンの人と話をしていて驚いたことがあります。会社の方針でとにかく営業をかけろという指令が出ているそうです。営業成績が悪いと営業の仕方が悪いとして上司から責められるそうです。かと言って具体的には営業の仕方は教えてもらえないそうです。営業成績は上げなさい。その方法は自分で考えなさいという方針のようです。上司の方は本来なら営業の仕方を具体的に教えてあげることが仕事ではないかと私は思います。責め立てただけで営業成績が上がるのであれば苦労はしません。責め立てられた営業マンは説得マンになって会社から送り出されます。相手を説得して商品を購入してもらおうとします。一度や二度なら説得に応じてくれる人もいるかもしませんが、長続きする訳がありません。

その会社の方針で驚いたのが、とにかく新規に営業をかけるように説得マンを送り出すそうです。相手が求めていようと求めていなくてもとにかく営業するように言われるそうです。正に説得して営業成績をあげる説得マンの行動です。

相手が求めていなければ新規で商品を買ってくれる可能性はありません。相手が興味を持ってくれて初めて営業する意味があるはずです。商品の良さを知ってもらえれば買ってくれるはずというのは売る側の勝手な思い込みです。商品の良さを知ってもらうことと、説得することを混同して売り込む営業マンもいます。買う可能性が全くない相手に営業をかけるのはお互いに時間の無駄です。

魚がいないのに網を下す漁師

相手が求めていないものを面会して売り歩くのは、まるで魚がいない漁場で網を下している漁師のようなものです。

営業マンは新規に営業しなければ売れないから、相手が興味がなくても仕方ないと考えているのかもしれません。誰に売り込むべきか先に考えるべき(どこに魚がいるか)ですが、とにかく営業をかける(とにかく網を下す)という効率の悪い方法をとっているのです。下手をすれば海の魚を捕ろうしているのに湖に網を下す的はずれなことをしているかもしれないのです。そこまで極端ではなくても、瀬戸内海でいるはずもないマグロを追いかけているのかもしれません。同じ海だからいるはずだとしてとにか網を下しているのかもしれません。魚を捕ろうと考えるならば、まず一番にすることは捕ろうとする魚の生態を知り、どこで網を下すのが一番かを考えるべきです。

普通の漁は

漁師さんからすれば網を下さなければ決して魚が獲れることはないと考えることに似ています。しかし魚がいないところに何度網を下しても、決して魚が獲れることはありません。何故なら魚がいないのですから当たり前です。そこで漁師さん達は海鳥などをヒントに経験と勘を頼りにして魚のいるところに網を下すのです。当然魚のいるところに網を下すのですが、外れることもありますので最近では魚群探知機を使って確実に効率良く網を下して魚を捕まえます。

漁師さんは魚がいる可能性が低いとわかっていてわざわざ網を下すことはしないはずです。何故なら網を下すお金と時間が惜しいからです。少しでも魚がいる可能性の高いところで網を下すはずです。

しかし説得マンを送り出す説得会社は、闇雲に網を下すように誰彼構わず説得します。聞かされる方は元から興味がないのに…と思いながら聞きますし、説得する方はこれだけ説得しているのに良さがわからないんだと考えるのです。客観的に第三者の視点から見るとお互いが時間を無駄にしていることがわかります。

効率的な営業

私の考える効率的な営業は、漁師さん達が海鳥や魚群探知機を使って魚がいる可能性の高いところを探すような営業です。

つまり自社商品を買ってくれそうな人を探すのです。決して手当たり次第に説得したりはしません。

例えば車の営業マンの場合、2人乗りのスポーツカーを得ることを想定してみてください。どこに買ってくれそうな人がいるかを考えるのが、魚がいそうな漁場を探すことになります。2人乗りのスポーツカーを家族連れに売り込もうとしても時間の無駄でしょう。会社がセカンドカーとしての市場を想定していたとしても、現実に2人乗りのスポーツカーを買ってくれる可能性があるのは独身の人でしょう。もしくは子育ての終わった中高年の方かもしれません。家族連れを狙って説得しても徒労に終わるでしょう。逆にミニバンを売るのであれば、家族連れに売り込むのが効果的です。

営業マンは営業するのであれば、闇雲に営業(説得)するのではなく、前もって誰に得るのかが一番重要だと思います。

そして会社がまず誰に得るのが一番効率的かを絞り込むべきです。会社としてどこに網を下すのが効果的かを考えて、社員を指導するのが本来の上司の役目だと私は思います。

説得会社の行く末

説得マンを送り出す説得会社が成り立つのは、まだまだ説得するという無駄なことをする余裕がある会社なのだと思います。これだけ情報が行き渡り始めると説得会社の存続は近い将来危うくなると私は思います。

21世紀に未だ説得マンを平気で送り出す説得会社があるのに驚いたため書いてみました。実は業績の芳しくない企業は営業と称して説得して回っているから、業績が上がらないのかもしれません。

最低賃金が時給1500円になるとおこること

最低賃金を上げることを目指して行動している人達がいるようです。

企業に対して賃上げ要求をするのならわかりますが、最低賃金を上げることを要求するのが私には理解出来ません。何故なら時給1500円分働いていると考えているのであれば、雇用者に要求すべきことです。雇用者に要求しないのは、要求しても認められないことがわかっているからでしょう。ただ最低賃金を時給1500円にして欲しいと主張することは自由です。自由ではありますが、まるでお金の仕組みを知らない子供がお小遣いを上げてくれと駄々をこねているようです。他の子はお小遣い1500円もらっているから僕も1500円にしてと主張しているようです(外国の例をあげて日本での時給1500円を主張)。しかもお小遣いを出す親ではなく学校に最低お小遣いを上げるように主張しているように受け取れます。(現実には学校で最低お小遣いなどという決まりはないのでただの例え話ですが…)

要求通り最低賃金が時給1500円になるとおこることを考えてみます。最低賃金を上げても売り上げが上がる訳ではありません。アルバイトの給料を払うために値上げは出来ませんから、同じ売り上げを維持するためには労働生産性を1.5倍に引き上げる必要があります。つまり働く能力・能率を引き上げる必要があります。具体的には機械化が一気に進むでしょう。

例えばファーストフードでは注文はタッチパネルになり支払いまで自動清算になるのではないかと思います。商品の製造も自動化する機械化が進むでしょう。現実に競争の激しい回転寿司ではタッチパネルが当たり前でシャリを作るロボットも当たり前になっています。タッチパネルを導入出来ない回転寿司は淘汰されつつあります。居酒屋でもタッチパネルが導入されつつあります。注文を受けることに人手を費やすのは非常に効率が悪いからです。お客さんが商品を選ぶ間お客さんの前でただ立って選ぶのを待つのは時間の無駄です。しかも店員が端末のボタンを押すだけであれば、お客さんにタッチパネルとして押してもらうだけのことです。まだタッチパネルが導入されていない業種は、経営陣がその意味を理解していないのか、まだそこまでしなくても良いだけの経営に余裕があるのです。

最低賃金が時給1500円になった時点でタッチパネル化が一気に進みます。今は3人でしている仕事を2人か場合によっては1人でこなさなければなりません。そして時給1500円支払う価値のある気の利く人だけが残ることが出来るでしょう。ファミリーレストランでも同じことが起こります。まだ店員が端末を操作して注文を受けていますが、タッチパネルが導入されるのは時間の問題です。効率化すればタッチパネルで注文し料理が出来た時点で席に案内される時代が来るかもしれません。

時給1500円になることで無駄が省かれて効率化されるので、消費者にとっては便利になるので良いことです。一方アルバイトする人にとっては自らの首を絞めるような要求のように思います。

ちなみに外国で時給1500円で成り立つのは、そもそも物価が高い国か、チップの廃止の代わりに高い時給にしているからです。物価に対して妥当だから成り立つのです。物価が変動し、経営陣が時給1500円が高いと考えれば、タッチパネルなど機械化されていくでしょう。その過渡期だから成り立っているだけのことです。

利益を目的にすると判断を誤る

経営不振に悩む企業が見受けられます。
私は利益を目的にしているから、判断を誤るのではないかと思います。企業が利益を求めるのはいわば常識ですが、最近では利益を目的としない企業が出始めました。利益ではなく理念を目的としています。それらの企業でも利益は得ていますが、利益は目的ではなく手段として得ています。会社を維持するための運転資金として利益を考えているのです。

利益は企業の為ならず

という諺を新たに考えました。利益を求めると企業のためにならないという考え方です。

経営不振に陥っている企業がはまっているのが、利益を追い求めているからではないかと思います。企業の利益と顧客の利益は相反します。企業の利益を求めると顧客は不利益となります。そのさじ加減が難しく、高くても売れると思うと利益のために高く売り、売れないとわかれば利益を削って安く売ります。つまり(自分達の利益のために)高くても売れる価格で売ろうとするのです。利益を最大化する売り方を模索し、顧客のニーズとズレることで経営不振に悩むのです。

利益を目的としない企業は、原価に適正な利益を加えた価格で売ります。元々利益を目的としていないので、利益を目的とする企業よりも安く売ることが出来ます。利益を求めていないことを顧客に理解してもらえると、好循環を生み急速に事業が拡大していきます。急拡大している理由は、利益を求めていないからです。適正な利益のつもりで売り出しても、予想外に利益が出れば、次の適正な利益を少なくするように調整するのです。

利益を追い求めている企業はそろそろ別の目的を探すべきではないかと思います。

良い物を作れば売れるという勘違い

先日テレビを見ているとある企業のエンジニアの人が出ていました。納得の出来る良い物を作れば売れるはずだと言っていました。

良い物を作れば売れるという考え方には2つの勘違いがあります。1つは誰にとっての良い物かという視点、もう1つは良い物は売れた物だという考え方です。

エンジニア達が作っている物は残念ながら私には売れるとは思えませんでした。何故なら使う人がイメージ出来ない商品だったからです。良い物を作ればの良い物とは、作り手にとって良い物という意味のようです。テレビを見ている限り買い手にとって良い物という視点ではありませんでした。人々が求めているのが価格なら性能は二の次のはずですし、人々が求めている物が性能であればデザインはオマケでしか無いように思います。人々が求めている物が何かを探ることなく、自分達の技術で作ることの出来る物を探している印象でした。テレビに出ていたのは社長はデザインにこだわり、エンジニアは性能にこだわっていましたが、どんな人に使ってもらうのかという一番大切な視点は抜け落ちていました。実際には目新しさで海外では売れるのかもしれませんが、目新しさという曖昧な指標に賭けるのは勇気のある企業だと私は思いました。

使う人が極一部の人でも、ピンポイントで心をつかめば物は売れます。しかし誰が使ってくれるのか曖昧なまま商品を作れば、結局誰も使わないまま終わってしまいます。

間違いなく売れる物が良い物です。良い物が売れるとは限りません。作り手にとって良い物が、買い手にとって良い物とは限らないからです。多くの商品が作り手の都合によって作られています。技術の限界だからここまでしか小さく出来ないとか、それらの性能を全て搭載すると価格が高くなりすぎるなど作り手の都合で折り合いのつくところで妥協した商品が多いのが現状です。しかしこれまで妥協せず買い手の欲しい商品を突き詰めて作り込んだ人間がいました。スティーブジョブズ氏です。社長でありながら妥協を許してくれない最高の消費者だったのです。欲しい商品を突き詰めて、エンジニアが答えを出すまで許さなかったそうです。買い手にとっての良い物を突き詰めて作り込んだ結果爆発的に売れたのだと思います。

通常の企業が良い物を作る目的は利益です。良い物を作ると売れるからです。利益を目的として追い求めると、企業の利益と消費者の利益は相反します。相反することの調整で多くの企業の方針がブレるのです。しかし視点を少し変えるだけで売れる物を作ることが出来るようになります。それは「利益は企業の為ならず」という私の考えた諺を実践するのです。利益を追い求めるのではなく、企業が消費者の幸せを実現することを目的とし、利益はその運営資金という考え方です。絶えず消費者のためになるように企業が行動するのです。その中で運営資金としての適切な利益を得る方法を考えるのです。このように考えるとブレることがありません。

先に消費者の欲しい物をリサーチし、出来る物をお客さんの欲しい物に出来るだけ近づけるのです。技術の限界を集めて出来る物を売り出すのでは、当たり外れが大き過ぎます。その結果日本の家電は技術はあるのに(技術があるから?)苦戦することになりました。

流行る回転寿司と倒産する回転寿司の違い

安くて美味しく気軽に食べることの出来るお寿司を提供してくれる回転寿司ですが最近流れが変わりつつあります。

回転寿司はお寿司という高級な食べ物を、様々な工夫により庶民の食べ物としてくれました。庶民にとっては滅多に食べられない高級な食べ物がちょっとした贅沢にしてくれました。仕入れの工夫や手間を省くことなど様々な知恵と工夫により美味しいお寿司を安く提供するのが回転寿司の特徴です。

しかし最近では回転寿司が倒産することもあるようです。倒産する回転寿司と行列の出来る回転寿司の違いを考えてみます。

その違いは一言で言えば工夫しているかどうかです。流行る回転寿司は工夫をしていますが、潰れる回転寿司は工夫が足らないのです。工夫といってもメニューや価格などの小手先のものではありません。それは程度の差が多少あるだけで、どの回転寿司も工夫しています。ここでいう工夫とはシステムの工夫です。メニューや価格の工夫すら出来ない回転寿司はかなり早い段階で淘汰されています。現時点で残っている回転寿司はメニューや価格の工夫はされているものの、他の工夫が足らないのです。

回転寿司が広まった理由

回転寿司が広まった理由は元々高いお寿司を安く素早く提供したことでした。当初は安かろ悪かろうの一面もありましたが、魚の仕入れ方や流通を工夫することで驚く程の低価格を実現しました。安くてその上美味しかったので急速に広まりました。ライバルは回っていないお寿司屋さんでした。比べるのがお寿司屋さんだったので圧倒的に有利でした。

機械化も行うことで機械で作ったシャリの上にネタをのせるだけになり、元々の職人さんが握るお寿司とは少し違う食べ物になりました。しかし回転していないお寿司との価格差から考えると、問題になる程の差と考える人はほとんどいません。ほとんどというのは差があると考える人は回らないお寿司屋さんに行くだけのことです。回転寿司のお寿司に物足らなさを感じる人は、そもそも回転寿司のお客さんにならないのです。

回転寿司が画期的だったのは価格と手軽さでした。回らないお寿司屋さんの時価という得体の知れない価格体系を取り払ったことでした。お寿司を回らせることでその場で握る必要がなくなり、回らないお寿司屋さんよりも食材の廃棄も減らすことが出来たのも価格を抑えることに役立ちました。

倒産する回転寿司の陥った罠

私の考える理由であって全てに当てはまる訳ではないと思います。倒産する回転寿司の理由の一つの考え方だとお考えください。

まだ生き残っている他の業種でも同じ現象が起こると思います。何らかの理由にのりまだ競争がないだけのことです。思いつく人がいないだけなのか、参入しても大した市場が期待出来ないだけなのかはわかりません。回転寿司が一足先に競争に陥っただけのことです。

倒産する回転寿司が陥った罠はシステムの問題だと思い至らなかったことではないでしょうか?倒産する前にお客さんは減るはずです。経営陣はメニューや価格を見直します。しかしお客さんは他店のシステムを経験し、お寿司が回っているだけでは満足しなくなっているとメニューや価格では呼び戻すことは出来ません。

過去の成功体験という罠により新しいことを取り入れることを怠ったからだと思います。この罠はどの業種にも当てはまります。経営が行き詰まった日本の家電メーカーにも当てはまりますし、様々な業種で見受けられます。しかし本人達は気付くことが出来ず、メニューと価格の中からありもしない答えを探そうとして迷走してしまいます。

具体的な差

流行る回転寿司と倒産する回転寿司の差の一つはタッチパネルです。タッチパネルを導入していない回転寿司はかなりのハンディキャップを背負っています。確かに設備投資は必要ですが、導入するか導入しないかではないはずです。いつ導入するかだと思います。このことを理解出来ない回転寿司は淘汰されてしまうことでしょう。

何故ならタッチパネルは店員何人分もの働きをするからです。しかも間違いがありませんし、後で間違いがないかを確認することが出来ます。店員が注文を聞く何倍ものメリットがあります。それを導入出来ないと淘汰されてしまいます。まだタッチパネルを導入していない回転寿司はこれから苦戦すると思います。近くにタッチパネルの回転寿司が出来た時点で倒産の危機に陥ります。

もう一つの差は専用レーンです。専用レーンがあることで他の人が間違ってとってしまうという注文ミスが無くなることが一番のメリットです。席まで注文を届ける専用レーンが無くても、今の所倒産する程の差にはならないとは思います。しかし最終的には回転寿司はタッチパネルで注文し、専用レーンで運ばれるスタイルに落ち着くと私は思います。回転寿司から回転レーンが無くなる可能性があるのです。回転レーンを残したまま専用レーン併設か回転レーンのみかです。専用レーン無しの回転寿司は時間と共に淘汰されるように思います。何故なら専用レーンが無いことでお客さんが得することが無いからです。その分安い価格なら得をするのかも知れませんが、価格が同じにら専用レーンのある回転寿司に人は流れるように思います。その過渡期なので混雑していると私は思います。

他の業種において

回転寿司の競争から他の業種に目を向けるとわかることがあります。あるハンバーガーチェーンも旧態然とした販売方法です。競争相手がいないことでシステムの見直しをしていないのです。回転寿司では早くからタッチパネルが導入されました。注文を受けるのに店員に任せるのは経済的ではないからです。それにも関わらずハンバーガーチェーンでは店員が注文を聞くのはまだそこまで合理化が進んでいないからです。詳しくはこちら。回転寿司で倒産するのは、メニューや価格の中に答えがあると考えて手探りでメニューや価格を工夫するだけだからでした。システムの見直しをしていないから経営が苦しくなったことに気付かないのです。某ハンバーガーチェーンもメニューや価格を工夫していますが、答えはシステムの見直しだと思います。倒産までに気付くのか倒産してしまうのか興味深いところです。

とてつもないスピードで世の中が変わっているのですが、過去の成功体験にとらわれて変わることを拒む人達がいます。取り残されると淘汰されてしまうことにそろそろ気付く方がお得だと私は思います。

人とは違う行動はお得

人とは違う行動はお得だという話です。
人と同じような行動をとることは余り深く考えなくて良いので楽ではあります。人と同じ行動がお得かどうかはわかりません。むしろ損をしていることの方が多いのではないかと思います。ただし損と言っても金銭的な損だけでなく、時間や満足感という意味を含めての損だという考え方です。

ここでいう人と同じような行動とは、新しいお店がオープンすれば並んででも駆けつけることや、並んででもテーマパークのアトラクションを楽しむことなどです。そして休日にはショッピングモールに行って食事や買い物を楽しむということです。これらのことを否定する訳ではありません。楽しいと思います。楽しいとは思いますが、みんなが似たような時間に集中するので待ち時間が長くなってしまいます。

人とは違う行動をとるのは二つの意味があります。一つは人の多い所にはいかない。もう一つは人の多い所には行くとしても、人の多い時間を避けるのです。

行列に並ぶこと程時間の無駄はありません。何も生み出さないからです。唯一並んででも楽しむという自己満足を除いて得るものはありません。人と同じような行動をとらない目的は行列を避けることです。人が多い場所も時間も極力避けるようにするのです。

人とは違う行動をとるとお得です。まず行列に並ぶことがないので、時間を無駄にしません。もし行列に並ぶ時間、並ぶ代わりに働いている時給を考えてみると面白いと思います。その時給分得をするとも考えることが出来るのです。

人と違う行動に食事の時間があります。多くの飲食店では11時から13時に混雑します。人とは違う行動をするために混雑する時間を避け、11時までに食べてしまうか14時以後に食べるように前もって朝食を調整するのです。時間をずらすだけで同じ飲食店でも快適に食事を楽しむことが出来るのです。ただし14時以後でも昼間の混雑が激し過ぎるとまだ行列が残っている可能性があるので、11時までに食事することがお勧めです。

他の例えではテーマパークによっては冬は寒いため人が少なく、前売り券として入場料が安く買うことができます。これも人とは違う寒い季節に行動することで得をする例です。

他の例えでは、いつも行列の出来るお店に行きたいと思った場合、平日に行くことの出来るチャンスを探すのです。例えば子供たちの代休や夏休み・春休みに有給が取れないかなどです。休日は行列でも平日昼間は意外に空いているためランチサービスなどがある場合もあります。一緒に行きたい人と平日に行くことの出来るチャンスを探すのです。これが人とは違う行動はお得です。

ビジネスの場面では特に人とは違う行動がお得です。というやりもビジネスの世界では人と同じような行動を取っても意味がありません。誰かの真似でしかないので、利益を真似をした人の間で分けることになるだけだからです。そして結局は価格競争に巻き込まれ得は出来ないのです。人とは違う行動にお得が隠れているのです。ちなみに人とは違う行動と言っても、全く逆の間違った行動だとお得どころか大損するので注意が必要です。

どのように人と違う行動をするとお得になるか考えてみて下さい。

営業マンの勘違い まず当たり障りのない話から

営業マンの勘違いについては以前書いた通りです。良いか悪いかではなく、会社から給料をもらうので商品を売って当たり前だと考えています。会社の同僚も上司も同じように考えているので、勘違いに気づくことはありません。だから営業マンならぬ説得マンが増えるのです。そして説得を受ける側は嫌になって営業マンとは話をしなくなります。

今回は営業マンがまずはじめる当たり障りのない話についてです。営業の話をする前に挨拶に続いてする話です。天気であったりニュースであったりです。結局営業マンが営業の話をいきなりでは話にくいので、雰囲気を作って話し始めようとするようです。話を聞く側からすれば、貴重な時間を天気やニュースの話をするのは無駄なことでしかありません。以前のように新聞・テレビ・ラジオでしか情報を得ることが難しかった時代ならいざ知らず、もし自分で知りたければネットで3秒で得られる情報をわざわざ時代を割いて話されても煩わしいばかりです。

驚いたのは2・3年前ですが、ある企業が社内研修でヤフーニュースと天気予報から話のきっかけを作りましょうとわざわざ伝えていたことです。今時そんなに情報に飢えている人がいるのかと驚きました。

前近代的な営業マンの心得から、時代の流れに乗り遅れているようです。

そして勘違いとは営業マンにとっては世間話も仕事かもしれませんが、聞く側は貴重な時間を奪われている時間の無駄でしかないのです。その勘違いをまだ知らない営業マンもいるようです。

営業マンが話しやすいことから話て本題である営業の話をするのは、「衝動買いの心理」をつくためです。良さそうなものだと錯覚させて買ってもらうために使うテクニックです。錯覚させて買ってもらうつもりがなければ、いきなり本題から話すべきです。そして時間が許せば世間話をすれば良いのです。

私は時間を無駄にしないために、基本的にまず本題を聞きます。そして時間が許せば世間話をします。世間話からする人は本題に入っても途中で打ち切ります。次からは本題から話してもらうためです。

営業マンの勘違い

営業マンの多くは自社商品を売ることが仕事だと勘違いしています。自社の商品を売ることで給料をもらうのですから一見当たり前のようにも思います。
歩合制の営業マンであればその思いは顕著かもしれません。
少しでも相手が興味を持ってくれれば必死でアピールします。売ることが仕事だと思い込んでいるので、いかに相手に欲しいと思わせるかが勝負だと勘違いしています。そして無意識のうちに「衝動買いの心理」を巧みに操って買う気にさせるのです。確かにそのやり方で売り上げは上がるとは思います。しかし所詮「衝動買いの心理」が買わせた衝動買いです。我に返ったときに失望感に襲われ、結局損をしたという印象を残します。

やり手であればやり手な営業マンである程、話さえさせてもらえれば売る自信を持っています。やり手とは欲しい気にさせるだけで、本当にその人にとって有用かは問われませんでした。営業マンの勘違いとは、自社製品を売ることだと考えることです。だから営業ではなく、欲しい気になるように説得をしてしまうのです。それでも営業マンに頼らざるを得なかったのは、営業マンと消費者の持っている情報に大きな隔たりがあったからです。営業マンから情報をもらうしか情報を得る手段がないため、この関係が成り立ちました。

これからは違います。何故なら情報が簡単に手に入るからです。

営業マンが活躍したのは、かつては商品の全ての情報を消費者が得ることが困難だったからです。商品の情報を得るために営業マンから聞くしか他に選択肢がなかったからです。今では多くの情報がインターネットから得ることが出来ます。全ての情報がインターネットにある訳ではありませんが、商品を売ることを考えているのにもかかわらずインターネットに情報を載せていないのは合理的ではありません。何らかの隠したい不都合なことが潜んでいる可能性が考えられます。

更にインターネットが破壊力があるのは、消費者の使い心地まで知ることが出来ることです。説得マンの説得を聞くよりもはるかに有用な情報をもたらせてくれます。

これまでは営業マンが小売店を回って商品を扱ってもらい、消費者に小売店から売ってもらうビジネスモデルも破綻に向かいつつあります。何故ならメーカーが直接消費者にインターネットを使って販売するようになりつつあります。このことを一つとっても、営業マンが必要なくなりつつあることがわかります。そしてメーカーは小売店を通して消費者に物を売ることを避ける傾向があります。以前は小売店の立場を考慮していましたが、今後は消費者と直接やり取りするので、小売店はいらないと販売しつつあります。小売店に遠慮する必要がないと考えるようになりつつあるのです。その証拠に小売店への卸値でインターネットで直接消費者に販売するのです。メーカーに入るお金は同じで、消費者のためにはなりますが、小売店に売り込む営業マンは要らなくなってしまいます。

小売店としても「衝動買いの心理」を使って説得される恐れのある営業マンを相手にするよりも、インターネットから仕入れるようになるのではないでしょうか?

最終的には商品の魅力をインターネットが伝え、直接メーカーが消費者に販売するようになると思います。営業マンという仕事がいつまで成り立つか、考えておく方が良さそうです。