食欲とは戦うな! 〜ダイエット失敗の理由〜

ダイエットにおいて食欲と戦ってはいけません。何故なら食欲は身体を維持するための本能なのですから、戦うこと自体が間違いです。何しろ本能なのですから勝ち目がありません。戦ってはいけないのです。

ではどうすれば良いのでしょうか?

食欲と戦わず、食べてしまえば良いのです。ただし糖質を避けてタンパク質と脂質をお腹いっぱい食べるのです。戦わなければ絶対に負けはしません。

ダイエットで食欲と戦って我慢しようとするから、我慢の糸が切れると食欲に負けてリバウンドしてしまいます。最初から戦うという発想自体をやめてしまえば良いのです。

ただ食べ物を選んで食べるだで、食欲と戦う必要はありません。糖質依存から抜け出せば、その食欲自体が気にならなくなっていきます。

糖質食べ過ぎ警報 〜アトピー性皮膚炎〜

ある患者さんによるとアトピー性皮膚炎には糖質食べ過ぎ警報があるそうです。

その患者さんは一食につき御飯茶碗一膳食べても症状は出ませんが、お代わりをするとその日に痒くなり、翌日には赤みが出るそうです。あるきっかけでこのことに気付かれたので、日頃は御飯は茶碗一膳までに食べるのをおさえているそうです。

お茶碗一膳をこえて食べてしまうと、食べ過ぎ警報が出たと思われるそうです。警報とは身体からのメッセージで痒みや赤みのことです。

このように糖質を食べることとアトピー性皮膚炎の痒みが、この患者さんでは明らかな相関を示すようです。そのため痒くなれば糖質、特にこの方の場合御飯の食べ過ぎなので次から気をつけるようにされます。

糖質とアトピー性皮膚炎の関係で、糖質を回避しているアトピー性皮膚炎患者さんの9割前後の方が改善していることも上記関係を裏付ける状況証拠です。

これだけ明らかな相関を示す原因は、糖質が何らかの免疫機能障害を引き起こすことに加え、糖質による高血糖が体温上昇を促し発汗を促すことに起因するのではないかと思います。何故ならその患者さんでは、糖質を食べると肘窩に明らかに症状が出るからです。運動していないにも関わらず汗をかきやすい部位に症状が出るのが、糖質を食べることによる体温上昇を回避するための発汗が症状を増悪している可能性があります。

糖質とアトピー性皮膚炎の関係が明らかなのは、アレルギー機序だけでなく、糖質による発汗がアトピーの増悪因子であることに起因するのかも知れません。言わば二重の意味での増悪因子なので、関係がはっきりするのかも知れません。

いずれにしても、アトピー性皮膚炎の痒みや赤みを、身体が発したSOSあるいは警報として受け取る知識があれば、患者さんは快適な生活を送ることが出来るのではないかと思います。何故なら患者さんがアトピー性皮膚炎の症状を自己調節することが出来るからです。

糖質の量を患者さんご自身で見張ることで、折り合いのつく糖質の量を探すのです。

先程の患者さんは御飯一膳が許容量でした。人によってはお茶碗2杯まで大丈夫かも知れません。人によってはお茶碗半分が許容量かも知れません。自分の許容範囲を探してみるしかないのです。

糖質を回避する知識一つで、アトピー性皮膚炎は不治の病から自己調節できる体質に変わるかも知れません。私は病気として認識された時代は近いうちに終わり、自己調節できる体質と再認識される時が必ず来ると思います。

もしかしたらこの考え方で呉から一つアトピー性皮膚炎という病気が消えるかも知れません。

他の病気でも糖質食べ過ぎ警報は身体が出しているのかも知れません。まだその警報を受け取る『知恵』が無いだけかも知れないのです。

糖質食べ過ぎのメッセージがあるって本当!?

糖質食べ過ぎを知らせる身体からのメッセージがあるとしたら信じますか?

一言で言えば解釈の問題です。身体の不調をメッセージとして解釈出来るかどうかということです。身体はSOSのメッセージを出しているのにこれまで誰も気付くことが出来なかったようです。糖質食べ過ぎのメッセージとは、どういう意味か説明していきましょう。

糖質を避ける糖質回避教を提案していますが、糖質回避で改善する病気が多数あります(参考:糖質回避での病気の改善率)。例えば各種アレルギーやニキビなどです。糖質を避けるだけで改善するということは、何らかの理由で糖質が原因であると考えるのが妥当だと思います。

糖質を食べ過ぎることで生じる症状を改善するためには、糖質を控えることが合理的めす。逆に考えると糖質を食べ過ぎたから症状が出たとも解釈できます。つまり糖質の食べ過ぎによる症状は、糖質の食べ過ぎを知らせてくれていると解釈することが出来ます。糖質によって身体がこれ以上障害を受けないために、身体がSOSのメッセージを発してくれていたようです。ただ身体からのメッセージを誰にも受け取る知識がなかったので対策を立てることが出来ませんでした。今後は身体がメッセージとして出したSOSを消すために、糖質を控えることが一番だと思います。

肥満や各種アレルギー、2型糖尿病高血圧など糖質が原因の可能性がある病気全てが身体が出したSOSだと解釈すると糖質を控えるきっかけになると思います。

身体からのメッセージを受け取ってみませんか?

依存対象は本来ならいらないもの?

依存の対象になるもの。

タバコのニコチンやお酒であるアルコール、ギャンブルや薬物などの依存対象は本来人間が生きていく上で必ずしも必要なものではありません。これら依存対象は必ずしも必要ではないにもかかわらず、脳に対してドーパミンの刺激を与えることで脳に錯覚を起こし、人間の好まれました。

当サイトで意外に見てもらっている唐辛子依存は少し特殊で脳内麻薬のエンドルフィンが関連しているようです。

依存対象は人間に必要ないからこそ、ドーパミンで騙すことで好まれるように仕向けたのか、本来人間に必要不必要関係なく偶然ドーパミンに作用する働きがあるのかはわかりません。

しかしドーパミンの働きがなければ、タバコはただの煙たい煙ですし、アルコールは二日酔いという体調を崩させるだけの飲み物です。ギャンブルでドーパミンが働かなければ、ワクワクすることもないほぼ必ず負ける遊びでしかありません。薬物に至っては、ドーパミンの働きがなければ何の効果もなく、ただ警察に捕まる危険物でしかありません(そもそもそんな物は取り締まり対象にはならないとは思いますが)。

依存対象は本来なら必ずしも必要ない嗜好品や嗜好対象という視点から見ると、糖質依存を引き起こす糖質の立場の合点がいきます。糖質も嗜好品であって本来なら必ずしも必要ないのかもしれないと考えます。

これまでの人類の認識では、糖質は必需品であって嗜好品という位置付けではありませんでした。まさか自分が知らない間に糖質に依存しているなど夢にも思わないわけです。中でも砂糖だけは嗜好品として認識されつつありますが、糖質も体内に吸収されれば糖となるので同じことです。甘味として直接脳に刺激を与えるか、糖質のようにマイルドに刺激を与えるかの違いです。

砂糖は嗜好品という認識になりつつあるので、課税や控えるように求められつつあります。しかし依存の本質は糖質に対するものなので、糖質が嗜好品だと認識されなければ問題は解決しないように思います。

糖質がいらないものかどうかは私にはわかりません。糖質が全くない世の中になれば味気ない生活になるのは間違いありません。しかし糖質は必需品ではないこと、嗜好品であるという考え方が広まると世の中が変わると私は考えます。

糖質回避教の御利益

一般的な宗教は信じる者は救われる。本当の御利益は死んだ後にわかるものです。宗教によっては信じてもらうために様々な奇跡が生み出されました。

論理的宗教である糖質回避教には目に見える御利益があります。人によっては奇跡のような話です。治らないのが常識だった2型糖尿病は糖質の摂り過ぎが原因だとわかったので、糖質を食べないだけで病気が消える人までいます。

肥満の原因が糖質の摂り過ぎとわかった今となっては、ダイエットも糖質回避教の立派な御利益です。

他にも様々な御利益がありそうです。例えばアレルギーが改善しそうですし、ニキビやイボも良くなりそうです。もしかしたら自己免疫性疾患も治るのかも知れません。

本当に御利益があるのかどうかは御自分で試してみると良いと思います。

糖質回避教に入信すると、糖質によって歪められた価値観や常識が本来の姿になることで、全く違う世界が見えて来るかも知れません。

私の言うこっち側から見た糖質の世界は、糖質を食べることを前提としたかなり歪められた世界だと思います。

糖質回避で御利益があるのかないのか、疑問に思われれば試してみて下さい。

 

糖質は人類の敵か味方か、それとも・・

糖質は人類の敵?

糖質の害はいくつかわかっています。
少なくとも食べ過ぎると誰にでも肥満という問題が起こりえることは明らかです。

人によっては2型糖尿病を発症してしまったり、高血圧になってしまいます。
まだ疑いの段階ですが、各種アレルギーやニキビ、イボ、ヘルペスなどの慢性感染症の再発する可能性が考えられます。

では糖質は人類の敵なのでしょうか?

糖質が人類の味方だった時代

そもそも何故人類はこれだけ糖質を食べるようになったのでしょう。

少なくとも明らかな害がわかるまで、糖質は人類の味方でした。
少なくとも人類がこれだけ発展することができたのは間違いなく糖質のおかげです。
何故なら食料の確保が動物にとって一番の問題だからです。動物が多少の変動があっても一定数で大きく数が増えないのは、確保できる食料に依存して動物の個体数が決まるからです。動物にとって一番の問題である食料の確保が糖質の栽培のおかげで簡単にできるようになりました。他の動物から見れば食料を自分たちで増やすことのできる魔法のような行為かもしれません。人類は食料の確保のために糖質を栽培することで発展しました。

そして人類が糖質を重宝する理由に書きましたが以下の理由から食料の確保から一歩進んで、好んで食べるようになりました。人類は好んで糖質を増やして食べたのです。

糖質が広まった理由

何故これほどまでに糖質が広まったのでしょうか?
その答えは人類の進化・発展の歴史にあります。
約1万年ほど前に人類は栽培という知恵を獲得し、農耕が始まりました。
そして急速に広まりました。

  • 増やすことが簡単だった。1年で数十倍の収穫を得ることができる。
  • 保存ができた
  • 美味だった
  • 依存性があった

人類が初めて自ら食料を増やして確保する知恵から、糖質は広まり始めました。
品種改良という知恵も相まって、収穫量を増やすことで食料が増えました。
そのおかげで人類の個体数が増えることができました。つまり人口が増えて発展したのです。
増えた人類の食料を確保するために更に開墾することで栽培面積を広げていきました。
糖質には依存性があったため一度依存になるほど口にしてしまうと、強い空腹感という禁断症状のため糖質を何とかして手に入れようと努力することも、農耕を盛んにし人類の発展に寄与した可能性が考えられます。

そして先祖代々当たり前に糖質を食べていたから、現代においても疑いなく食べているだけのようです。
確かに美味しい上にいつの間にか糖質依存に陥っていたのでわざわざやめようという人もいませんでした。江部洋一郎先生が提唱され江部康二先生が広められるまで、糖質には棘ともいえる欠点があることを誰も疑わなかったのです。
糖質は不足して食糧難で困ることはあっても食べ過ぎても太るくらいで、大した害はないと思っていましたから仕方のないことです。

糖質の正体

糖質は人類の発展には間違いなく多大なる貢献をしています。
その糖質の果たしてくれた役割を否定するつもりはありません。
しかし食べ過ぎることに害があるのも間違いのない事実です。

糖質は人類の仲間!ただし…

では糖質はどのように解釈すればよいのでしょうか?
私は薬のようなものだと思います。
薬は適量であれば薬として働きますが、どんな薬でも量を間違えて取りすぎると毒になってしまいます。時には命を落とすこともあるでしょう。
糖質もそのようなものだと思います。

適量を楽しむことには全く問題はありませんが、薬と同様に大量摂取は危険です。
正に医療用麻薬や依存性のある薬のようなものです。
適量であれば抜群の効果を得ることができますが、依存状態に陥ると自己抑制ができなくなってしまいます。

適量を楽しむのが糖質に対する適切な楽しみ方だと思います。

そこで考え方としては糖質回避教の考え方です。
糖質を毒として忌み嫌うという忌避するわけではなく、避けられるときは避け、時に楽しむというとらえ方が私は適切だと思います。

糖質回避教という考え方はいかがですか?
糖質はかつては味方でした。しかし敵ではないものの、適切に付き合わないと人類に害をもたらします。
糖質は人類にとって、仲間だと思います。
しかし取りすぎに気を付けないといけない、裏切る可能性のある油断できない仲間なのだと思います。
気を抜くと裏切って体に害を引き起こすので、取りすぎに気を抜かないように気を付けましょう。

糖質の正体を知ることで人生の変わる人達

今まで知らなかった糖質の正体を知ることで人生が変わる人達がいます。
私も糖質の正体を知ることで人生が変わった一人です。

私の人生は変わった

糖質に対する考え方が変わったのは江部先生の書籍夏井先生の書籍を読んでからです。糖質の本当の姿・正体を知ったと表現するのが適切かも知れません。本を読むまでの私はダイエットにはカロリーを減らすと良いと信じていましたので、単純に食事の量、特に炭水化物を食べる量を減らしていました。これらの本により、当たり前だと思っていた炭水化物を無理に食べる必要が無く、簡単に痩せることが出来るという内容に感化され実践してみました。

すると確かに炭水化物を減らしていた際には苦しかったダイエットが、炭水化物をやめれば何の苦しみも、なくなりました。何しろ食べるものを選ぶだけで、我慢の必要が無いからです。

この時人は正しい考え方を知るだけで、生き方を変えるほど進化出来ることを知り、本当に驚きました。

糖質依存に気付いた

ここで考えました。何故だろう?少し食べるよりも全く食べない方が楽なのは常識で考えるとおかしい。そこで思い至ったのが糖質依存の考え方です。参考文献:物快楽物質ドーパミンの正体を読んで、依存の診断基準を満たすかどうか確認してみました。まさかと思って確認してみますと、私は依存の診基準を満たしていました。依存の一症状で糖質を少し食べると余計食べたくなるので、食べるのを我慢する度合いが強くなるため精神的な負担が増すのです。そもそも食べなければ少しの精神的な負担で済むのです。何より驚いたのは糖質依存の禁断症状があることです。禁断症状とは強い空腹感のことです。禁断症状の証拠に空腹感をしばらく我慢していると、ピークをこえるように空腹感がおさまることです。禁断症状でなければ、食事をしないのに空腹感がおさまる説明がつきません。何より糖質を食べなり糖質依存を抜け出せば、強い空腹感が無くなることが一番の証拠です。糖質依存を抜ければピークをこえた後の空腹感しか感じなくなります。

糖質の害に気付いた

今の私の頭の中では、糖質には様々な害があることを疑っています。2型糖尿病・肥満のように間違いないと確信しているものから、高血圧のようにかなり疑わしいと考えているものまであります。また別の角度から見てみますと、糖質回避により各種アレルギーが改善しています。このことを素直に合理的に考えれば、糖質がアレルギーの原因であることが疑われます。またニキビが治るという人もいることから、一つの理屈で考えると糖質から生じる糖化産物がが免疫に働きかけ、一部の免疫を働かせ過ぎる(余計なスイッチを入れる)とアレルギー、一部の免疫を働かないようにする(必要なスイッチを切ってしまう)とニキビ尋常性疣贅(イボ)、ヘルペスなどの慢性感染症を引き起こすのではないかと思います。

糖質回避教という考え方

三大栄養素といわれる炭水化物(糖質+食物繊維)、脂質、たんぱく質の中で血糖値を直接上げるのは糖質だけです。血糖値が下がった場合にはたんぱく質からブドウ糖を作り出すことで血糖値は維持できます。つまり血糖値はタンパク質を食べてさえいれば維持できるはずです。その証拠に肉食動物であるライオンや虎などは肉しか食べませんが、血糖値は維持されています(参考文献:炭水化物が人類を滅ぼす)。一説によると人類の歴史の中で肉食だった時期もあるそうなので理論上問題ないはずです。
糖質はブドウ糖を供給するだけで、糖質を食べなくてもブドウ糖はタンパク質から供給できるので必ずしも糖質として食べる必要はありません。(人類が糖質を当たり前に食べている理由はこちら。)

当たり前に食べている糖質を控えるという選択肢を提案する糖質回避教という論理的宗教の考え方を提案しています。
宗教の特徴は信じるかどうかです。理屈は問題ではありません。
論理的宗教には理屈がありますが、信じるかどうかは理屈を抜きにしても問題ありません。
通常の宗教では信じてもらうために奇跡を活用しましたが、論理的宗教では信じてもらうために理屈を活用するだけのことです。

少なくとも1人の2型糖尿病の患者さんの人生は変わりました。

2型糖尿病に関しては、頻回の血糖値の上昇に膵臓が耐え切れなくなって血糖値が下がらなくなる病気なのでそもそも血糖値を上げなければ問題が起こりません。
そこで糖質を取らなければ改善することが論理的に考えられます。
その考え方にお一人ですが賛同していただき、完全糖質回避を実践していただきました。そして2型糖尿病が治療なしで失くなってしまいました
この方は血糖値が高かったので、足の切断や失明や透析の覚悟もされていたそうです。
2型糖尿病ではなくなって何より嬉しかったのは、再び献血ができるようになられたことだそうです。この方の人生は明らかに変わりました。再び大量に糖質を食べる生活に戻らない限り、糖尿病の合併症の心配をする必要はないのですから。

様々な病気が改善した方が大勢おられます。
糖質を完全回避することで症状が完全におさまる人もおられます。
何年も悩んでいた病気を失くすというご利益をもたらしてくれる、糖質の正体に対する正しい知識。このことを認識するだけで人生が変わるかもしれません。

もしかしたら、糖質を控えるだけでアレルギーが改善するとしたら?
もしかしたら、糖質を控えるだけでニキビやイボが治るかもしれないとしたら?
もしかしたら、糖質を控えるだけで苦労していたダイエットが簡単にできるとしたら?
これまでの常識を疑うために、もしかしてと考えてみてください。

糖質の正体を本気で考えてみませんか?
糖質は人類の味方か敵なのか、それとも扱い方を間違うと味方にも敵にもなる諸刃の剣のような秘密兵器なのか。
ご自分で考えてみてください。

 

今世紀最大のどんでん返し、まさか真犯人が・・・。

私は間違いなく今世紀最大のどんでん返しだと思うことがあります。

人類の歴史を覆すことだと思いさえします。
それは多くの病気の真犯人がわかったことです。

残念ながら今のところ状況証拠しかそろっていないので、容疑者の段階ですがもし証拠が揃えばまさかの真犯人です。
様々な病気の容疑者が糖質だったということです。
状況証拠とは糖質をやめたり減らしたりしただけで、病気が改善している人が多数おられるという事実です。
生活習慣病といわれる2型糖尿病、肥満、高血圧などは間違いなく糖質の影響があると思います。
人類が糖質を食べないことが基本の生活になれば生活習慣病は激減すると思います。
そもそも生活習慣病という病名自体にも問題があると私は考えています。
何故なら生活習慣ではなく、糖質のとり過ぎによる糖質依存症でしかないからです。

まだこれも容疑者の段階ですが各種アレルギーの大元の真犯人も糖質のようです。
そして繰り返される感染症も糖質が犯人の可能性が考えられます。
難治性のニキビやイボの原因の可能性です。

人類が農耕を始めて1万年。
食べるものの選び方が病気を引き起こすのは、脚気以来だと思います。

推理小説顔負けのどんでん返しです。
日本は歴史的に米を大事に扱っていました。
大名の強さが米の取れ高で現されるという、他国には見られない文化がありました。
米は主食として大事にされ、輸入自由化でも一悶着も二悶着もありました。
それだけ大事にされた米が病気の真犯人だなんて、推理小説で犯人を捜していた主人公が実は自分が真犯人でしたというくらい驚きのどんでん返しです。

糖質をやめると様々な病気が改善します。
というよりも病気の原因が糖質のとり過ぎだったのです。
私の立てた仮説では糖化産物が免疫機能に作用してしまい、過剰に働けば自己免疫性疾患やアレルギーを引き起こし、抑制してしまえば感染症や腫瘍を引き起こすのではないかと考えています。

状況証拠から今世紀最大のどんでん返しに気づいている人は、既に糖質を減らすかやめています。
まだ気づけていない人は、早く気づく方がお得だと思います。

30年もすれば、
主食なんて考え方があったんだって!?
糖質の食べ過ぎで2型糖尿病とか、肥満、高血圧、アレルギーとかいう病気があったらしいよ。
糖質の食べ過ぎで病気がいっぱいあったけど、主食という考え方をやめたら病気が減って人類みんなが健康になったらしいよ。
なんて言っている時代が私は来るのではないかと考えています。

炭水化物で検索してみると…

ふと考えることがあって炭水化物で検索してみました。

すると炭水化物・糖質を減らすと良くないというサイトを多数見つけて驚きました。

様々な情報を統合して考えてみても、炭水化物・糖質に害があるのは明らかだと思います。

炭水化物・糖質摂取派の意見を要約すると、脳がブドウ糖しか使えないため、炭水化物を食べるべきだというものです。

タンパク質からブドウ糖を作り出すことが出来るため、無理に食べる必要はありません。

しかも2型糖尿病をはじめ各種アレルギーの原因が疑われるのですから、糖質回避教を推進する立場からすると理解は出来ません。

お互いそのように信じているのですから、議論しても無意味です。糖質摂取教と糖質回避教という具合に、お互い信じるものが違うのですから、いわば考え方の根本が異なるのです。

私は論理的に考えると糖質回避教が有利だと考えていますが、正直これだけネット上に糖質を勧めるサイトがあることに驚きました。

ここに問題の本質があります。
人は見たいものしか見ない傾向にあります。
そもそもインターネットでは検索をしないと情報は出てきません。
そのため炭水化物が食べたい人は炭水化物を食べる方が良いという情報を検索し、炭水化物を食べない方が良いと思っている人は、炭水化物を否定する情報を検索してしまうので自分に都合の良い情報しか目に触れないのです。

インターネットがここまで広まる以前は、情報は印刷されたものかテレビで見るしかありませんでした。そのため出版社やテレビ局の判断が下されていました。これが真偽の判定のフィルターになっていたのです。この真偽の判定のフィルターがある程度情報の質を担保していました。(実際には販売数、視聴率、スポンサーのバイアスがかかるため完全に正確ではありませんでしたが)

インターネットでは誰でも情報発信ができるだけに、情報の質を誰も担保していないのが現状です。そのため読む人が真偽を判定する必要があるのがインターネットの情報です。
インターネット上の情報が全て正しいわけではないので、情報を取得するのは簡単になりましたが実は以前よりも正しい情報を探すのは難しくなってしまっているようです。

炭水化物一つとってもこれだけ情報が錯そうしているので、インターネットを活用する際には注意が必要なようです。
できることならこのサイトが真偽の判定のフィルターになれると良いなと思っています。


 

糖質制限の落とし穴

糖質制限の落とし穴を考えてみます。言葉の問題ですが、制限というのは人からなされるものです。他動的な言葉ではないかと思います。自分で決めて選択するのであれば回避だと思います。
糖質制限という考え方だと人が決めた考え方に従うことが言葉の裏に隠されているので、人に決められたことに従うことが嫌になる可能性が秘められています。(余り深く考えない方には何の問題もありません。)

落とし穴とは糖質制限を嫌々行っていると、途中でどうにでもなれ効果により、逃げ出してしまう可能性があるのです(参考文献:スタンフォードの自分を変える教室)。どうにでもなれ効果とは、糖質を食べてはいけない糖質を食べてはいけないと自分自身にプレッシャーをかけていると、ストレスに耐え切れなくなって、どうにでもなれと投げやりになってしまうことです。ストレスから逃げるために、ストレスの元である糖質を食べないということを否定してしまうのです。

このどうにでもなれ効果が、糖質制限を失敗してしまう原因の一つです。

そこで糖質を食べないという意味では同じですが、自分の意思で避けるという意味で糖質回避という考え方を提唱しています。ちょっとした考え方の違いですが、自分の意思で糖質を避けるのでストレスを感じることが少なく、どうにでもなれ効果を避けることができる可能性が高いと思います。

もう一つの落とし穴は、糖質依存の考え方を知らない場合です。強い空腹感という禁断症状に耐え切れず糖質制限に失敗してしまうか、少し食べると余計お腹がすく不思議な感覚に耐え切れず糖質制限に失敗してしまうことです。

糖質制限・糖質回避をしばらくしていると糖質依存から抜け出すことが出来ます(抜け出すまでの期間は早い人は3日、通常2・3週間程度で人によっては1カ月以上かかります)。強い空腹感や少し食べると余計お腹が空く感覚を感じることがなくなれば、糖質依存から脱出成功です。糖質依存から抜け出していれば、そこから落とし穴に落ちることはほとんどないと思います。

糖質回避の是非の議論を避けるために糖質回避教という論理的宗教を提案しています。