アメフト部の関東学生連盟の処分からわかること

某大学のアメフト部のあからさまな反則が議論を巻き起こしています。幸い当事者同士の示談は成立したそうですが、指示した人間達が言い訳に終始し混乱しています。状況証拠からは黒でしょう。

今回関東学生連盟が監督とコーチを復帰の可能性のない除名処分とされました。このことからわかることがあるので書いてみたいと思います。

反則の指示を認めた

一言でいえば反則の指示を認めたということです。何故なら本当に指示をしていないのであれば、そのような処分を受け入れることは到底出来ないでしょう。何故なら本当に指示していないのであれば、濡れ衣だからです。指示していなければ当然異議申し立てをするはずです。その異議申し立てをしないということは、異議申し立てできるだけの根拠を示すことが出来ないということです。というよりも身に覚えがあるため、嘘を突き通す自信がないから異議申し立てできないのです。

異議申し立てをしないことで消極的にではありますが、指示したことを認めたことがわかります。

考えてもみてください。監督、コーチを辞任したとはいえ、除名という処分に対して、本当に指示していなければ濡れ衣を着せられたままで済ますでしょうか?指示していなければ絶対あり得ません。

ビデオに残っている証拠から、嘘がいくつも露呈しています。その嘘を覆すだけの言い訳を思いつけなかったのでしょう。そのため消極的にではありますが、指示をしたことを異議申し立てしなかったことで認めたのです。

言い訳人間の特徴ですが、必死で自分の都合の良いストーリーを考えます。ストーリーを考える時間が必要なため、すぐに記者会見できなかったのです。嘘をついても検証されるという発想がなかったため、其の場凌ぎの嘘でやり過ごそうとするのです。自分のストーリーで言い訳する言い訳人間を過去に何度か対応したことがあるためわかったことですが、言い訳人間は絶対に自分の非を認めません。関東学生連盟に既に嘘を論破されているのですが、今後どんな言い訳が出てくるか生暖かい目で見守りましょう。

某大学アメフト部が大学ぐるみで隠蔽する目的

反則タックルが刑事事件になるかどうか取り沙汰されている某大学アメフト部ですが、どうやら大学ぐるみの隠蔽をするつもりのようです。

隠蔽の目的は年間95億円にものぼる補助金(参考:私大の補助金交付)を守るためのようです。最近ではいくつかの理由で減額され今年度は年間80億円程度との記載もありました。

補助金の取り扱いに関する決まり事が記載されている私立大学等経常費補助金取扱要領によると

(8) 学校経営に係る刑事事件により役員又は教職員が逮捕及び起訴されたもの
(9) 役員若しくは教職員の間又はこれらの者の間において訴訟その他の紛争があり、教
育研究その他の学校運営が著しく阻害され、又はその機能の全部若しくは一部を休止
しているもの

とあります。

ということは役員でもある元監督が指示を認めてしまうと、逮捕・起訴され何億円もの補助金が消えてしまう可能性があります。元監督がすぐに会見しなかったのは、しなかったのではなく出来なかったというのが正確な表現なのでしょう。何故なら自分が認めてしまうと最悪数十億円もの補助金がなくなってしまうため、大学関係者と話し合う必要があったことが類推できます。また訴訟になってしまうことでも補助金カットの可能性があるようです。万が一訴訟ともなれば連日の取材で学校運営が著しく阻害されると判断されても不思議ではありません。

学生の教育よりもお金の方が大切な人たちの集まりであることを露呈しているようなものです。そのことは加害学生の会見を全て否定して自己保身に走っている姿からも明らかです。

加害学生の会見の後、唯一挽回出来たとすれば監督・コーチが指示したことを認めて監督・コーチの職はもちろん、役員も辞任することでした。そのチャンスを逃してしまったので、後には引けない坂道を転げ落ちてしまっています。

自分達の都合の良い作文を読み上げる記者会見とはことなり、警察の取り調べが始まれば白状するかもしれません。少なくとも板挟みになっていたコーチは真実を話す可能性は十分あります。とはいっても現実には刑事事件での起訴は困難かもしれません。しかし民事で訴訟を関係者の誰かが起こせば上記の取り決めに触れる可能性が出てきます。そうなれば全額カットの可能性もある訳ですから、元監督を切り捨てて大学も指示を認めるようになるかもしれません。

しかし現時点で大学は加害学生を切り捨てて、補助金を守ることを選んでしまったようです。果たしてお金を払ってまで進学する価値があるかどうか疑問が沸き起こります。

いずれにしても某大学は勉学を学ぶ場としては不適切なように思います。さすがに定員割れになるとは思えないので入学する生徒数は減らないでしょうが、受験者数は減るでしょうね。ちなみに今年は商学部で定員を大きく上回る人数が入学してしまったため6億円もの補助金がカットされるようです。

某大学の今後の行方は正直なところ私には関係有りませんが、ワイドショーやテレビで報道されるので、生暖かい目で見守りたいと思います。

ただ立派な会見をした加害学生がこれ以上嫌な思いをしないことを祈るばかりです。

アイドルの強制わいせつ事件の本当の問題点

ある有名アイドルが強制わいせつ事件を起こしてしまいました。ワイドショーやニュースで報道されているのでご存知の方も多いことでしょう。私は個人攻撃をしたい訳ではありませんので名前は伏せておきます。ワイドショーやニュースで報道されない本当の問題点を書いてみたいと思います。一言で言えば飲酒が絡んでいることです。更にいえばアルコール依存が根本的な問題点です。

伝え聞いた話によるとアルコール依存の診断はされていないようですが、本当に診断されていないのであればそのことこそが一番の問題だと思います。

アルコール依存

直接診察した訳ではありませんし私は専門ではありませんから確定は出来ませんが、某アイドルはアルコール依存の可能性が高いと思います。何故なら依存の診断基準を満たしていることが報道だけみても疑われるからです。(参考:糖質依存という新しい概念、依存の診断基準を掲載しています)

依存対象に対してコントロールが出来ない
仕事に支障をきたしている
身体や心に悪いことがわかっていても続けてしまう。

依存の診断基準では、これらを1年以内に3つ以上を繰り返し経験したか、1か月以上にわたって3つ以上が同時に続いた場合に診断となるようです。

報道だけ伝え聞いても上記は明らかではないでしょうか?

アルコール依存が他の依存と異なるのは、依存物質であるアルコールそのものが精神に変調をきたしてしまうことです。依存物質であるアルコールが精神に働きかけ、正常な判断を妨げてしまうことです。精神に直接影響を与えるとされていない糖質でさえ、抜け出すことは困難です。ましてや精神に直接働きかけるアルコールは自分の意思で抜け出すことは非常に困難だと私は思います。

某アイドルの本当の問題点

某アイドルが起こしてしまった事件は強制わいせつ事件です。
これは紛れもない事実で弁解の余地はありません。
しかし根底にアルコール依存という病気が正常な判断力が働いていないことにあります。

つまりアルコールという薬物が問題なのであって、本人に悪気・自覚がないことです。本人は覚えていないので似たようなことを繰り返してしまいます。
他人から酔いが醒めた後で他人から酔った時の行動を責められたとしても、依存という病気なので依存対象に対する欲求を抑えられられないのです。
今回警察沙汰になったことで明るみにでましたが、恐らく似たようなことはあったでしょう。

もし本人が、アルコールを続けることでこのようになると事前にわかっていれば、アルコールを断つことが出来た可能性があります。犯罪に至ってしまうという想像はできなかったのでしょう。

いわばアルコールのせいで正常な判断力が働かないので、もしかしたら酔った勢いで車を運転して事故を起こしてしまったかもしれません。もしかしたら酔った勢いで喧嘩をしてしまって傷害事件を起こしてしまったかもしれません。酔った勢いで起こしてしまったことが未成年に対する強制わいせつ事件だっただけのことです。

酒癖が悪いのではなく、問題はアルコール依存という病気なのです。病気が彼に世間一般の常識から外れた行動をさせたのです。
アルコール依存は自分で最悪の事態を想像し、アルコールの問題を自覚しなければ抜け出すことは困難です。自分だけで抜け出すのは非常に困難だと思います。そもそも正常な判断力がアルコールによって奪われているからです。酔っているときは勿論正常な判断力を失くしていますが、酔っていないときも、アルコールを如何にして手に入れるかという欲求と闘っているため正常な判断が出来ないのです。通常備えている理性を依存対象であるアルコールへの欲求が勝ってしまうのです。アルコールのために平気で嘘をつくようにもなってしまうでしょう。

アルコールは言い換えると法律で認められた薬物です。合法的な薬物中毒の状態です。
厄介なことに合法的な薬物中毒の状態であることが広く理解されていないため、本人の自覚の問題とされているのです。勿論アルコールを楽しまれる方のうちでコントロールが効かなくなる人、アルコール依存に陥る人の割合はごくわずかです。しかし割合が極わずかであるからこそ、病気ではなくアルコールの飲み方・自覚の問題と認識されるのです。依存の罠に陥ったことを多くの人達が責めてしまうので、依存に陥った人はアルコール依存に向き合うことが出来ず、依存であることを認められないのです。

解決策

某アイドルの方がこの問題の根底から解決するためには、アルコール依存から抜け出すしかありません。幸いアルコールは麻薬や覚せい剤とは異なり、現代の日本では合法です。ちなみにかつてアメリカではアルコールを禁止した禁酒法という時代がありました。アルコールがあるから秩序が乱れるとされ、アルコールを国が禁止したのです。結果として密造酒が作られマフィアが暗躍しかえって治安が悪化したため、禁酒法はなくなりました。人類の歴史においてアルコールをある種麻薬のようにとらえた時代があったということです。

某アイドルの方が、人からアルコールを禁止されるのではなく、自分でアルコールの危険性や害を認めることが出来ればアルコール依存から抜け出すことが出来るでしょう。逆にアルコールに対する認識を変えることが出来なければ、残念ながら麻薬や覚せい剤を繰り返す人と同様にアルコールを繰り返してしまうでしょう。
彼にアルコールの認識を変えるきっかけを与えることの出来る人が周囲にいるこおと祈るばかりです。

壮大な解決策

実は私は一番の問題は依存に対する教育の欠落だと考えています。その解決策を壮大な解決策として書いてみたいと思います。

アルコールというある種危険な薬物を税金をとることで合法化している訳ですから、その危険な薬物に対する依存性という情報を国民に伝える義務があるのではないかと考えています。アルコールを摂り過ぎると病気になりますというアナウンスはタバコ同様に行われていますが、依存性の情報提供が乏しいように思います。その依存性の情報提供が乏しいことが悲劇を起こすのではないでしょうか?いわば税金を多く払ってくれるお得意さんですが、病気のせいで税金の払い過ぎを正してあげるべきではないかということです。

依存は様々なところに罠をしかけています。
最も身近な依存は糖質依存です(参考:糖質依存という新しい概念)。つまり糖質を食べるだけで依存に陥ってしまうことがあるのです。太るとわかっていても食べてしまう。一度食べだすと止まらない。ついつい食べ過ぎてしまうなど依存の一種です。
広く理解されているのはアルコールやタバコ、コーヒーなどのカフェインも依存性があります。パチンコや競馬などのギャンブルにも依存性があります。借金をしてまでギャンブルをするのは依存に間違いないでしょう。
お菓子や果物の甘味に依存してしまう糖分依存ということもあり得るようです。
少し稀な依存では買い物依存なども存在します。買った物が欲しいのではなく、買い物という行為に依存してしまうのです。本来物を買うのは物を使用するためですが、買い物依存に陥ると同じ物を買ってしまったり、箱や袋を開けずに放置されたりしてしまいます。
麻薬や覚せい剤などは依存性が高く禁止されています。麻薬や覚せい剤は絶対ダメという教育を義務教育の間にされているようです。私はもう一歩踏み込んで、依存に対する教育を義務教育の間にするべきだと考えています。

私が直接国政に関わることがある(私はそんな器ではないため絶対にありませんが・・・)なら、依存の仕組み、依存の対象、依存の抜け出し方を義務教育の間に全員に伝えることを目指すでしょう。何故なら依存の知識のないうちに依存対象に触れてしまうことで依存に陥ってしまうからです。その良い例がタバコです。中学生や高校生が興味本位で煙草を吸ううちにニコチン依存に陥り、長年抜け出せなくなってしまうのです。
パチンコやゲームなど娯楽産業や、タバコやアルコールなど依存のおかげで成り立っている業界は必死で抵抗するでしょうが、そもそも病気に陥らせることで消費が歪んでいるのです。その消費の歪みを正すのですからいくら依存産業が反対したところで、理にかなった仕組みを導入しない理由はありません。

今回の事件では嫌な思いをされた未成年の方はおられますが、幸い死者は出ていません。依存の種類によっては死者が出ることも稀ではないため、今回の事件をきっかけにして義務教育での依存の仕組みを伝えるきっかけになればよいと私は考えています。

土俵の女人禁制は女性差別では?

土俵は伝統的に女人禁制だそうです。

つい先日ある市の市長さんが土俵上で倒れ、女性が応急処置をした際、土俵からおりるように場内アナウンスがあり問題になっています。命よりも伝統的な決まりが大切だそうです。
(医師の情報交換サイトでは応急処置の手順に疑問の声が上がってはいますが、私はその動画を見ていませんし結果的に市長さんの命は助かったようなので今回は触れないこととします。)

そこで土俵を女人禁制にする『意味』を考えてみました。

一言で言えば土俵を取り囲む人達がそう信じているだけのことです。女性が土俵に上がったからといって土俵が爆発する訳ではありません。土俵に上がった女性が災難に見舞われる訳でもありません。実際に何人かの女性が土俵に上がりましたが、土俵を取り囲む人達が騒いだ以外何も起こってはいません。実際に女性が土俵に上がることで因果関係として何らかの不都合があるのであれば、女人禁制は合理的だと思います。しかし女性が土俵に上がっても何も起きてはいません(もちろん女性が土俵に上がったからといって何か起こるとも思っていません)。つまり女人禁制に合理的な理由はないということです。取り囲む人達がそう信じているだけという証拠です。俗に迷信と言われることと大差はありません。宗教における聖地の考え方に近いのではないかと思います。聖地といってもその宗教を信じていない人には何の意味もないことに似ています。

土俵に女性が上がってはいけないというのは、かつて女性は選挙にいってはいけないという発想と何ら変わりはありません。別の例えでは、黒人は白人用のトイレを使用してはいけないという発想とも変わりありません。

伝統を理由に女人禁制を正当化するのを認めれば、前例に習い体制を変えないということです。これを認めるのであれば今でも選挙は男性だけだったのではないでしょうか?
以前から女人禁制だからこれからも女人禁制という理屈は成り立たない話です。
人類は歴史的に考えてみても間違いをいくつもおかしています。
女性差別はありましたし、人種差別もありました。
それを以前から行っているからというだけで改めて考えることなく継続するのは、思考停止している状態ではないでしょうか?間違いを指摘されても以前からやっていたからと理由で片付けてしまえば、永久に間違いが正されることはないということになります。

土俵の女人禁制は女性差別では?

土俵の女人禁制は女性差別ではないでしょうか?
何故なら女性が土俵に上がってはいけない合理的な理由がないからです。
確かに男性と女性の身体の仕組みの違いから、男性トイレと女性トイレを分けることは区別だと思います。お風呂も男性用、女性用と分けることは差別ではなく区別だとすることに異論はないでしょう。

確かに女性が上半身裸でまわしを付けて土俵の上で相撲を取ろうとするのは、トイレやお風呂の場合と同様問題がありそうです。人前で胸を出してしまう点で公序良俗に反するという意味で法律に違反するため、法律違反を犯してまで女性が相撲を取ろうとすることは現実には問題となることはないでしょう。
服を着た状態で土俵に立つことは法律には触れません。

別の話をすれば、可愛がりと言い換えて虐待をしていたことも伝統としてつい最近まで続けていたのでしょう。弟子が言うことを聞かなければ可愛がりと言う名の虐待をしているのも、伝統だから仕方ないという話で片付けようとしていました。死者も出たことですし、さすがに法律違反ですから現在ではあからさまな虐待はないとは思いますが、法律に触れて問題になってようやく考え方を改めることしか出来ないようです。

今回の話も女性差別だとしてチケットの不買運動やテレビの不視聴運動が本格化し、運営に支障が出て初めて事の重大さに気づくのでしょう。

その前に誰も気にしなくなって廃れていく運命なのかもしれません。

女人禁制として女性を差別している人達のことを、わざわざ女性が気にする必要はないと私は思います。いわば土俵の女人禁制教の信者の集まりとして生暖かい目で見守るようにしましょう。その後ちびっこ相撲で女児は出場を辞退するように申し入れがあったことも判明しました。

実際に土俵の女人禁制教という宗教団体であれば、信じている人達だけの問題です。しかし観客のある興行という意味では、土俵の女人禁制が理解出来ない人達にも土俵上の興行を見てもらう必要があるはずです。そろそろ考え方を改める時期だと私は思います。

私は正直土俵が女人禁制であろうとなかろうとどちらでも構いません。何故なら私の生活に何の影響もないからです。土俵上のことに大して興味もないからです。ただテレビやネットで話題になっているため、女性差別だと断言し、これからも差別を続けるのですか?と質問するだけで議論が終わるのにと思い書き込んでみました。

医者を辞めてYouTuberになります!

私は医者として日々診療をしていますが、医者を辞めてYouTuberになることにしました。そのことをここに宣言します。

YouTuberとはYouTubeに動画を投稿し、動画に貼り付けたGoogleの広告から収入を得る人のことです。実はこのサイトにもGoogleの広告は貼り付けてありますが、それを動画で行うということです。

YouTubeで投稿する内容は差し当たりこのサイトに書いてある内容をスライド形式に作り変えて動画にしようと考えています。それに加えて、病気が改善した写真を添えて病気の治し方の一例として具体的な糖質の食べ方、塩分や水分、マルチビタミンなどのことを動画にしてみたいと思います。

 

私は糖質回避教という冗談のような論理的宗教を提案しています。食べ方など私の提案することを信じる者だけが救われるという意味で宗教を信じることに近いと考えたのです。ただ私の提案したいことは裏付けはあります。目に見えて症状が変わるからです。それらのことを今後はこのサイトにあるように文章ではなく動画として広めたいと思います。

糖質回避教を提唱し始めた当初は糖質の他に病気を引き起こす身近なものなどあるとは思えませんでした。しかし見つけてみると非常に単純な物が摂り過ぎたり足らなかったりで病気になることがわかってきました。例えば塩分が多ければ病気になりますし、水分が少ないと病気になります。塩分は高血圧くらいしか病気の原因とは考えられていませんし、水分は脱水症くらいしか考えられていません。脳梗塞などは脱水が引き起こすとは言われているかもしれませんが、日常自分が脳梗塞に陥る可能性は極めて低いと思います。そのような稀な疾患ではなく様々な病気が脱水で引き起こされるパターンを見つけました。

これら私の見つけたパターンの因果関係を証明し論文の形でまとめることは非常に困難です。論文として主張が認められるために必要な証拠を集めることが難しいからです。しかしどうやら私の見つけたパターンに間違いは無さそうなので、まだ証明は出来てはいませんが、証明前でも信じて下さる方だけが実践して頂ければと考えています。今のところ全員が治るパターンを見つけた訳ではありませんが、一部の人だけでも治るパターンを見つけたことに意味があると考えています。

と大層なことを書きましたが、あくまでも医者をやめるというのはエイプリルフールの冗談です。いつか私の生きているうちに病気が全て無くなって医者という職業が無くなるというのは私の夢です。

動画の投稿は本気で考えているところです。今私が持っている情報(糖質やビタミン、塩分や水分で病気が治ること)を動画にすれば多少は興味を持ってもらえるかと考えています。

もし患者さんを全て治してしまえば、医者として出来ることはなくなります。そんな夢のようなことが出来るとすれば、病気の予防活動家としてYouTuberになることも実現出来るのかもしれません。

どこまでが空想でどこからが現実か楽しみにしていてください。今日はエイプリルフール、四月の陽気で昼間から夢のようなことを考えている話でした。

多くの医者の落ちている大きな落とし穴

多くの医者は大きな落とし穴に落ちているようです。医者の落ちている大きな落とし穴とは病気は薬や手術で治すものという常識という名の思い込みです。ちなみに人類が陥っている大きな落とし穴は糖質依存という大きな大きな落とし穴です。常識にとらわれると、余程のことがない限りその常識の中から抜け出せなくなってしまいます。常識が間違いないという思い込みが激しければ激しい程、その間違いから抜け出せなくなっているのです。たまに常識にとらわれない発想が出来る人がいますが、俗に天才と言われる人達です。

本来なら医者は科学者であり、天才でなくてもその思い込みを排除して事実だけをもとに論理的に思考すべきです。しかし多くの医者は長年積み重ねた医学の常識という思い込みから抜け出せず、教科書や権威のある人達が言ったことを鵜呑みにしてしまいます。

医者が陥っている一番大きな落とし穴は病気は医者が治すものです。治すためには薬や手術をするしかないと思い込んでいるのです。薬や手術で治すしかないと思い込んでいると、他の手段を探すという発想が出来ません。何故なら心理的に盲点になってしまうからです。あるはずのない物と思い込んでいるため、探すという発想に至らないのです。

落とし穴に落ちている理由

多くの医者が落とし穴に落ちてしまっているのは、人間の身体は複雑だから病気も複雑だと思い込んでいることです。

複雑に絡み合った病気を治す為には、病態(病気の起こる仕組み)を解明し、その仕組みを止める新たな仕組みを作るしか無いと思い込んでいるのです。

根本原因を突き止めることが出来ないため、薬や手術という対症療法をしているに過ぎません。いわば薬や手術で誤魔化しているだけのことです。確かに根本的な治療法がなければ、次善の策として止むを得ず行う手段です。落とし穴を言い換えると次善の策に過ぎない対症療法を最善の治療法だと思い込んでいることです。

もう一つの落とし穴は確実に治る方法しか認めないということです。全員が治る方法しか認めようとしないところに問題があります。患者さんにとっては元々治すことが出来ない病気であれば、副作用もない方法であれば少しでも改善する可能性のあることは試してみたいはずです。しかしそのように考えることが出来る医者は少ないようです。

落とし穴から抜け出した実例

思い込み・盲点を突破した実例が、江部先生が提唱されている糖尿病における糖質制限であり、夏井先生が提唱されている傷に対する湿潤療法です。

糖尿病は血糖値を直接押し上げる糖質を食べているから発症し、糖質を控えると治るというシンプルな理屈です(参考:2型糖尿病が薬無しで治りました)。傷口は湿っていないと治ることが出来ず、消毒は細菌は生き残り治癒細胞は死滅するため消毒しない方が早く治るという理屈です。

落とし穴から抜け出す方法

一言でいえば常識を疑うことです。例えばアレルギーは治らないと世間一般では言われていますが、そのことを聞いて治らないと信じてしまえば治し方をわざわざ自分で探すことはないでしょう。しかし治るはずだと常識を疑うことが出来れば、少なくとも落とし穴から抜け出す可能性を探すことが出来ます。(詳しく知りたい方は常識革命の起こし方をご覧下さい)

私はアレルギーは食べ物・食べ方が根本原因だと考えています。その根拠は糖質の食べ方の工夫1つで治る人達がいることです。残念ながら糖質の食べ方だけでは全員が治る訳ではないため、糖質だけが原因ではなく、原因のうちの1つのようです。他の因子は現在検索中です。アレルギーの治る食べ方とは血糖値の上がりにくい食べ方です(参考:血糖値の上がりにくい食べ方 2017年版、)。そしてもう一つはビタミンやミネラル不足です(参考:マルチビタミン&ミネラルの勧め)。

私は食べ物だと疑っているから検索することが出来るのです。原因が食事にあると疑うことか出来ない医者には一生かかっても落とし穴から抜け出すことはできません。

ちょっとした視点の違いです。少しだけ常識から視点をズラすだけで落とし穴から抜け出すことが出来るかもしれないのです。

多くの病気が食べ物や食べ方によって引き起こされているかもしれない。そう疑うことからはじめてみましょう。例えば糖尿病のように糖質の食べ方を間違うと人によって発症するように、他の病気も食べ方を間違うと人それぞれ異なる病気を発症しているに過ぎないのかもしれません。今私はそのような発想で病気を治す食べ方を探しています。いくつか見つけることが出来ました。

少なくとも糖尿病や高血圧、アトピー性皮膚炎、ニキビや円形脱毛症は糖質の食べ方で改善が期待出来ます。そのような視点で病気を考えてみて下さい。

 

日本に住んでいて心から良かったと思うこと

私は今日本に住んでいますが、残念に思うこともありますが、心から日本に住んでいて良かったと思うことがあります。今回はそのことについて書いてみたいと思います。

他にもあるかもしれませんが、今回日本に住んでいて良かったと思うのは銃に関してです。現在の日本には銃はほとんどありません。そのおかげで銃を使った犯罪はほとんどありません。合法的な銃は狩猟向けと競技用を除けば、警察官、海上保安官、自衛官が待つだけです。日本の治安を守る人達だけが銃を持つことで治安が維持されています。

つい先日某国で元高校生が銃の乱射により10人以上の人が亡くなりましたし、少し前には同じ国でコンサートの会場に向けて自動小銃が乱射され50人以上の人が亡くなりました。

合法的に銃の所持が認められている某国では、誰が銃を持っているかわからないため自衛のために自分も持つという悪循環が起こっています。みんなの心の平静が保たれていれば良いのですが、多くの人が銃を持てば持つほど、心の平静を保てない人が銃を手にしてしまう確率が高まります。その点で私は非常に怖く思うのです。

物事を合理的に考えれば、規制に動くのが当然でしょう。現在の仕組みでは心の平静が保てる人だけが銃を手にできる訳ではないため、少なくとも許可制などの仕組みが必要なはずです。

某国が歪んでいると思うのは、銃の普及を推進する団体が政治に対して影響力が大きく、政治家が規制に動けないことです。政治家が政治家でいるために、選挙に勝てる政策を推し進めるという、民主主義の限界を表すものだと思います。そして本気で銃の規制を口にする政治家が出てくれば、欲に目のくらんだ人達に抹殺されてしまうかもしれません。政治家としての抹殺か命の抹殺かはわかりませんが、いずれにしても政治家としての人生に危険が及ぶため、政治家達も口にすら出来ないようです。

ましてや大統領が教師の銃の武装化を推奨するのは、銃の普及を推進する団体へのリップサービスのように思えてしまいます。

合理的に考えれば、通常の銃ではなくテーザー銃(離れた人に発射出来るスタンガン)を推奨するはずです。学校内で犯人を射殺する必要はなく、行動を止めることが出来れば良いからです。わざわざ通常の銃を推奨するのは、喜ぶ人達がいるからでしょう。合理性が歪んだ国に住んでいなくて良かったと思うのです。

日本でも非合法に銃を持っている人もいるとは思いますが、国内にある銃の数は某国にある銃の数に比べると圧倒的に少ないと思います。日本に住む誰もが、交通事故の心配はしていても銃に撃たれて死ぬことは微塵も考えてはいないでしょう。そのことを日本に住んでいて心から良かったと思うのです。

某国は圧倒的な武力により他国に対しては強くても、国内に火種を抱えてしまっているように思います。

あらゆる武器の必要ない世の中が早くやってくるといいですね。

主観的競技に思う

冬季オリンピックが開催され話題となっています。スピードを競う競技は議論の余地はなく、ハイスピードカメラで多方面から確認すれば勝敗がはっきりします。いわば客観的競技です。審査員の得点で競う競技は審査員の主観に頼ることになると思います。審査員の主観に頼る競技を主観的競技とし、その主観的競技について考えてみたいと思います。

主観的競技について

審査員による得点評価はどうしても審査員個人の主観によって変わってしまいます。審査員個人の主観なので得点の理由や根拠を明確にすることが出来ません。場合によっては審査員の好みによって決まってしまいます。

勿論審査員の方は公平にみることが出来る方が選ばれているはずですが、審査員も良くも悪くも生身の人間です。自分の好みや同じ属性の方を良い点にしてしまう可能性があることは避けきれません。

私は特定の人の好みで勝敗が決まる競技に魅力を感じません。何故なら審査員の好みが正しいとは限らないからです。その点客観的競技では歴然とした誰にでも検証出来る差が生まれます。

これまでは他に選択肢がなかったため、審査員の主観に頼るしか仕方がありませんでした。そこで審査員の好みの問題を出来るだけ排除するために、審査員の出身国や人種を分散させ、数人で審査を行うようにしています。出来るだけ公平な視点で審査されるように配慮されたとしても、残念ながら生身の人間が審査を行う限り主観を完全に切り離すことはできません。

主観的競技の将来

将来を予測してみると、今現在は主観的競技とされる競技が30年後にも生身の人間が審査員として審査しているとは思えません。何故ならAIに審査を任せてしまえば、減点、加点を後で検証することが出来るからです。

現在の技術でさえ、既にAIでの審査をすることが出来るのではないかと思います。次のオリンピックは無理だとしても、少なくとも次の次のオリンピックでは人工知能による審査をするべきだと思います。何故なら好き嫌いという人間の好みとは切り離した審査をすることが出来るからです。主観的競技を客観的競技に至らしめる機械での客観的評価が出来るにも関わらず、あえてIOCが機械を導入しないのであれば、ただの怠慢か何らかの利権を守るためでしょう。

機械での採点は味気ないという人達もいるでしょうが、私は味気ないと感じても誰もが同じ基準で採点される意味は大きいと思います。味気ないと感じるのは導入してしばらくのことで、機械での採点に慣れてしまうと、生身の人間が採点していたことを思い返せば不条理に感じることでしょう。

少なくとも機械での採点が30年以内にはじまることは間違いないでしょう。30年では機械採点にならないと思っている人達も、例えば100年オリンピックが続いたとして、100年間人間が採点し続けていると考えるでしょうか。

機械採点になるかならないかではなく、いつかは機械採点になるはずです。であれば機械採点がいつかという問題だけです。私はあと3回、つまり12年以内には機械採点になって欲しいと考えています。

もし万が一、人工知能が人間の知恵をこえるシンギュラリティ(特異点)をこえても生身の人間がオリンピックの審査員をしているとすれば、残念ながら欲が捨てきれない人達が多いことがわかります。誰の欲が多いのか考えてみてください。

ワードプレス Quick Adsenseの更新でエラー

今日2018/2/19 9:01頃突然サイトにアクセス出来なくなってしまいました。まだ悩んでいる方がおられるかもしれないと考え、そのことを書いてみたいと思います。

私はこのサイトにワードプレスを使っていますが、プラグインというサービスを利用し様々な恩恵にあずかっています。イメージとしてはワードプレスが携帯のOSのようなもので、プラグインが携帯のアプリのようなものだとイメージしてもらうとわかりやすいと思います。たまにプラグインのアップデートが行われるのですが、アップデートするまで表示が消えないため比較的早めにしていました。プラグインのアップデートにはセキュリティーのためのアップデートも含まれているため、アップデートはやむを得ないと思っていました。

今日アップデートしたプラグインはQ uick Adsenseでした。サイトにGoogleの広告を表示させるプラグインです。

ワードプレスとの互換性100%の表示を確認してから更新ボタンを押しました。無事アップデートが終わりましたが、ダッシュボードと呼ばれる管理用のホーム画面が表示されなくなりました。恐ろしいことにエラー表示1行のみです。管理画面の中のエラー表示なら手の施しようもあるのですが、エラー表示が一行出るだけです。何をしても無駄でした。というよりも何も出来ませんでした。

そこで検索です。同じ症状で復旧した人を探しました。残念ながら全く同じ症状の対処法は見つけられませんでした。

そこでエラー表示がサイトのページの行を表していることを知りました。どうやら書き込んだ内容にエラーがあるようです。ワードプレスの管理画面にアクセス出来ないのでワードプレスのやり繰りで復旧は無理です。

そこでこのサイトをのせているサーバーの管理サイトにアクセスしました。私と同じサーバーの方がアクセス方法と直接サーバーへの書き込みの仕方がのっていました。問題のページを開き1行ずつ数えて、ピンポイントで35行目を1行削除しました。すると今度は別324行目のエラーが表示されました。324行数えようとしましたが途中で断念しました。

どうせエラーなら削除してしてしまえという欲求が持ち上がります。実際削除したら戻ったと書いているサイトもいくつかありました。冷静に考えれば、ワードプレス本体ではなくプラグインの不具合です。一部の不具合で全てが表示されなくなっているため、削除しても本体には影響はないはずです。イメージとしてはアプリのせいでOSが動けなくなって固まっている状態です。

構文エラーとありますが、私には構文を書き換えることは出来ず、どうしようもないためエラーページ全体を削除してみました。真似される方はあくまでも自己責任でお願いします。私は元に戻せないのが怖いため、念のため削除する予定のページのコピーを保存してから行いました。

エラーページを削除するとダッシュボードが表示されるようになりました。まずは一安心です。よく見るとQuick Adsenseにエラーメッセージが表示されています。一つページを消したので当たり前ですね。

Quick Adsenseを削除してインストールし直しました。というのも、もしかしたら更新ボタンを押すのが早すぎて、Quick  Adsenseの更新が完了する前にダッシュボードを表示するボタンを押したかもしれないと考えたからです。結果はエラー表示されました。致命的なエラーが検出されたため有効化出来ませんとの表示でした。

本来ならQuick Adsenseの更新時にダッシュボードにこのように表示されるはずでしたが、致命的なエラーによりダッシュボードそのものが表示出来なくなってしまったようです。

アップデートファイルのエラーのようです。こんなことがあるのですね。

このままではGoogleの広告が出せなくなりますので、WP QUADSをインストールして表示させるように設定しました。

私は仕事の合間に復旧作業をしたこともありますが、4時間半ほどサイトの表示が停止してしまいました。正味1時間程度復旧に時間がかかりました。ワードプレスはその程度の知識しかない者が手を出す代物ではないのかもしれません。

今後は同じようなトラブルがあってもパソコンが手元にあれば数分で復旧出来そうですが、プラグインの更新が怖くなってしまいました。

午前中不具合により表示出来ませんでした

午前中サイトの不具合により表示が出来ませんでした。アクセス頂いた方々にはご迷惑をおかけいたしました。大変申し訳ありませんでした。

ワードプレスを使用しているのですが、プラグインのアップデートに致命的なエラーがあり表示出来なくなっていました。

何とか復旧出来ました。復旧するまではこれまで書き込んだ1317件もの記事が無くなるのではないかと怯えていました(実際には簡単にアクセス出来ないだけで、サーバーにはデータが残ってはいるのはわかっていましたが、手間を考えるとゾッとしていました)

ワードプレスは自分の好きなようにカスタマイズすることが出来るため非常に便利なのですが、不具合があった場合には自力で復旧しなければいけないのが怖いですね。私のような素人が手を出す代物ではなかったのかもしれませんが、今更後には引けないので何とか頑張っていこうと思います。

有り難いことに検索してみると不具合が起きた場合の対処法がのっていたので助かりました。今回の不具合そのものではありませんが参考になりました。

復旧に関しては改めて記事を書きたいと思います。どうやらプラグインのアップデートのミスのようです。