医者が患者さんを怒るのは筋違い

困ったことに世の中には患者さんを怒る医者がいます。病気を治しなくて病院を受診するのに、病気を治さず怒るのは筋違いです。病気でお金を払って怒られる筋合いはありません。

患者さんを怒る医者の心理を考えるに書きましたが、医者が勘違いしているのです。

患者さんのことを心配する振りをして怒る医者もいますが、それも筋違いです。貴方のことを心配して怒るというのは思い違いです。何故なら病気で困っているのは患者さんであり、医者ではありません。病気で困っている人を怒るなんて私から見れば意味不明です。病気で長い間困った結果治らないので、状態が悪くなってから受診することを怒る医者もいますが、それを治すのが医者の仕事です。早く来てもらえると早く治ったことを伝えてあげれば良いだけです。早く来てもらえると治療が楽だったのに、自分が大変だから怒っているにすぎません。本来なら怒る必要などありません。

医者が患者さんをわざわざ怒るのは、儲けが減るからかもしれません。特に通院しなかったことを怒るのは、診察代を稼げないからではないかと思います。試して通院しなかったことを怒る医者に、怒っている目的は何ですか?と真顔で質問してみると良いと思います。怒る理由を聞いても言い訳を探すだけなので、目的を聞くのです。返事もせず固まっていればお金が目的と考えてまず間違いないでしょう。怒る目的はお金ですか?と聞いてみると、お金ではないと否定するために更に怒り出すでしょう。

怒る医者は色々な意味で勘違いしているので、避ける方が良いと思います。

糖尿病患者さんに食べ方の指導がされていない話

患者さんとお話していて驚くことがあります。それは糖尿病の患者さんと話をしていてわかることです。糖尿病は糖質の食べ方で治る病気です。少なくとも食べ方で改善が期待出来ます。その食べ方を教えてもらっていない患者さんが多いのです。

糖質を控えると糖尿病が改善するのは、理解している人から見ると当たり前の理屈です。何故なら血糖値を直接押し上げる食べ物は糖質だけだからです。

私が糖尿病を診ている医者の怠慢だなと思うのが、糖質の食べ方を指導していないことです。糖質だけが血糖値を押し上げるので、糖質の食べ方で糖尿病が改善するだけの話です。特に糖質を食べる順番で血糖値が上がりにくくなることを知らない糖尿病患者さんが多いことに驚きます。たんぱく質、脂質から食べて、後で糖質を食べると血糖値は上がりにくく、糖質から食べると血糖値は上がりやすくなります。恐らくたんぱく質や脂質が先に胃の中にあると、糖質の吸収を邪魔することに起因すると思います。

医者が知らないだけなのか、糖尿病が良くなってもらっては困るから教えないのかは謎ですが、悲しい話です。

医学情報がネット上で溢れている現在、勉強不足の医者は淘汰されることでしょう。正しい情報と怪しい情報の取捨選択が患者さんにとって困難な今だから許されている状況です。患者さんが正しい情報を共有することが出来れば、勉強不足の医者は淘汰され相手にしてもらえなくなるでしょう。

糖尿病患者さんで、食べる順番のことを教えてくれない医者にかかっている人は、一度医者を変えてみることをお勧めします。逆に糖質を食べる順番だけでなく、糖質を控えることを教えてくれる医者は良心的な医者だと思います。そのまま通院されることをお勧めします。

未来予測 車の未来

私は空想することが好きです。
架空の話や仮の話を考えることが好きです。理解出来ない人から見れば笑われるようなことでも、暇さえあれば絶えず考えています。現在私の持ち得た情報を元に車の未来予測をしてみたいと思います。

まず自動運転が始まることは間違いないでしょう。実現する時期の問題であって、100年先にも人間が街中で車を運転しているとは到底思えません。運転することがあるとしても、サーキットや遊園地で娯楽としての運転が残っているだけでしょう。

自動運転が普及すると運転免許という概念が消え去るかもしれません。自動運転の操作免許という新しい概念が生まれる可能性はありますが、機械としての車の運転技術を保証する免許という概念は消えてしまいます。そうなると自動車教習所の仕事は全て無くなることになります。

私が考える自動運転の一番最初の導入は高速道路におけるトラックです。連結あるいは追従することで安全性の確保や経済的なメリットをいち早く得ることが出来ます。高速道路だけ自動運転で残りは人間が運転するのであれば、今の技術ですぐにでも実現出来そうです。

いずれにしても自動運転が普及すると、運転手という仕事が無くなるでしょう。例えば長距離トラックの運転手は一番早く自動運転に移行するでしょう。運ぶのが人ではなく物なので、バスよりも早く導入されることでしょう。宅配のトラックは運転は自動運転で、家までの配達は人間が行うことになると思います。経済的な点で議論の余地はありますが、配達員が荷物を持って家まで配達する間は自動運転で通行の邪魔にならないように車を移動させ、配達が終わる頃に帰ってくるようになるかもしれません。そうなると駐車違反という交通違反はなくなるので、監視員の仕事も必要なくなりそうです。

ある程度自動運転が普及すると、安全性が確認されてくるのでお客さんを乗せて運ぶ2種免許の仕事が自動運転化されていきます。まず都市部あるいは地方のタクシーで導入されることでしょう。都市部と地方のどちらが先に導入されるかは現時点では私にはわかりません。都市部での導入は自動運転の方が経済的に安く提供できること、地方であれば人手不足の対策として導入されることでしょう。いずれにしても最終的にはハイヤーのような高級路線以外、ほとんどが自動運転化されてしまいます。100年先には高級路線でさえも、人間が運転すると危ないので許されなくなるでしょう。

自動運転が普及すると

自動運転が一般化すると人間が運転するのは危険な行為と考えられるようになります。現在ご高齢の方が運転されるのを見て不安に思う発想と似た状況になるのではないかと思います。更に自動運転が一般化していれば、事故を起こすのは人間が運転している場合ばかりになるはずです。何故なら自動運転は事故の原因を突き止め、事故が起こらないように全ての自動運転車でその情報を共有することが出来るからです。つまり全ての自動運転車がベテランドライバーで、尚且つ事故を未然に防ぐように日々進化していくのです。全く同じ状況であれば2度と事故を起こさないように賢くなっていくのです。

人間が運転することで事故を起こすようになれば、自動車保険の保険料は跳ね上がることになるでしょう。割高な保険料を支払ってでも運転する一種の贅沢となるのかもしれません。

当然ご高齢の方の免許返納問題も解決されます。自動運転により自分で運転する必要がなくなるので、怖い思いをしてまで運転する人はいなくなります。

過疎地域の交通問題も解決されます。過疎地域に一台共有する自動運転車があれば、買い物や通院に事足ります。あたかもお抱え運転手を手に入れたような感覚です。もしかしたら行政が過疎地域には自動運転車を配置するようになるかもしれません。

全ての車が自動運転になれば渋滞を無くすことも出来るでしょう。何故なら信号が要らなくなるからです。歩行者に知らせるために歩行者のいるところでは信号を設置しても、車だけであれば相互通信により行き交うことが出来るのです。信号があるとしても信号が変わることにより、一斉に動き出すことが出来るのです。更に前もって目的地と到着時刻を設定することにより、道路の混雑も調整出来るため、渋滞を無くすことが出来るはずです。そうなると無駄なエネルギーや時間の消費が無くなるはずです。

事故と渋滞が無くなる世の中が待ち遠しく思います。私が生きている間に実現すると良いなと思います。

Amazonと楽天の違い

Amazonと楽天には違いがあります。

Amazonは欲しい物を探すには便利です。余分な情報は極力削ぎ落としてあります。あくまでも消費者にとって有益な情報を最低限提案するだけです。無駄が省かれているので、価格も安く対応も速やかです。お客さんに便利で良い物を提供しようとしています。利益の確保は事業を継続するためです。決して利益が目的ではないようです。私の提唱する『利益は企業のためならず』に近い考え方で運営されているようです。

楽天は欲しい物を探すには不向きで、買い物自体を楽しむことが好きな人には向いていると思います。検索をすると購買意欲を駆り立てるように様々な情報が散りばめられています。目的は衝動買いをしてもらうことです。更に付け加えると会社の利益を上げることが目的です。お客さんの買い物を手助けする視点が欠落しています。店舗は楽天を向き、楽天は利益を向いているようです。誤解させてでも売り上げが上がれば良いと考えているようで、ランキング1位が続出しています。在庫有りで検索しても、在庫のない商品の宣伝を見せるのは辟易します。目的を持って買い物しようとしても「衝動買いの心理」の心理を刺激し、ついで買いをしてもらうことで成り立つビジネスモデルです。衝動買いを繰り返していればいずれお金が無くなります。ふと我に返って楽天から離れてしまいます。

先日書いた損得主義で考えるとAmazonと楽天では得だと考える対象が異なるのです。お客さんの満足してもらうことが得だと考えるかお客さんからお金を引き出すのが得と考えるのかの違いから、売り上げの差は開くばかりだと私は思います。私としては日本の企業に頑張って欲しいのですが…。お金に目が眩んでいると物事の本質は見えないのかも知れませんね。

私は楽天で買い物することは無いので全く私の生活には関係無いのですが、ネット店舗という業態がいつまで持ちこたえるか個人的に興味があります。上記のことに気付いて方針を変えるのか、変わることなく淘汰されるのかに興味があります。

損得主義

人の行動を表す考え方に性善説や性悪説という考え方があります。その性善説や性悪説をこえる新しくて古い考え方『損得主義』を提唱したいと思います。そもそも善悪自体が抽象的で相対的な概念であり、多数派が善で少数派を悪と決めているにすぎません。性善説や性悪説に意味がありません。多数派が善だとすれば、人殺しすら善とされてしまいます。その人殺しを善とする結果が戦争なのです。具体的には今では平和な日本でさえも、ほんの数十年前には多くの敵兵を殺すことでほめられていたのです。今でも戦争をしている国では、多くの人を殺すことが善と考えられることでしょう。今の日本人からすれば絶対悪である殺しでさえも、人類全体でみれば善悪がつけられないのです。ましてや人が生まれつき善であるか悪となることがあるのかは一概に言うことは出来ないはずです。自分が多数派の考え方か少数派の考え方かで、他人から善や悪にされるのです。

善悪が一概に言えないのですから性善説や性悪説と分類することに大した意味はありません。人には善の一面もあれば悪の部分も潜んでいるのです。その意味合いでは性悪説の方が人間の本質に近い考え方かもしれません。性悪説は人間の本性が悪であり犯罪を犯すのは当然であるという訳ではありません。

善悪が一概に決められなければ、どのように人の行動を理解するかを考えてみると人は損得により行動すると考えるとわかりやすくなります。

損得主義

誰にでも当てはまる考え方が損得主義です。何故なら人は自分が得する行動は好んで行い、損する行動は避けるからです。この考え方はほとんどの人に当てまります。人だけでなく動物でさえも当てはまります。美味しそうなものがあれば食べますが、叩かれることがわかっていれば食べません。大人はもちろん子供でも叩かれるとわかっていれば食べないでしょう。犬や猫でさえ、叩かれるとわかっていれば食べないでしょう。少なくとも叩かれないように気をつけるはずです。叩かれてでも食べるのか、叩かれないように食べるのを諦めるのか、無意識のうちに損得を考えているのです。知恵が備われば備わる程、先々の損得を考えることが出来るようになります。逆に動物のように先々を考える知恵が無ければ、目先の得に振り回されるのです。

通常人が盗みをしないのは、損得で言えばトータルで損をするからです。捕まれば犯罪者となることはもちろん、これまで積み上げてきた信頼を失うことになるから損なのです。盗みで手に入れる物と、発覚することで失うものともバランスを考えると、盗まない方が大半の人にとってはるかに得なのです。

絶対バレない、発覚しない場合には損得が変わってきます。絶対バレないと思ってももし万が一バレることを考えると、損だと思う人は盗りません。盗られた相手が傷つくことを知っている場合にも、自分が得をするとは思えないので盗りません。

法律の限界

人は損得を考えて行動しています。目先のことしか考えられない人と先々のことを考えることが出来る人がいるだけなのです。損得主義の視点から見ると、法律に限界があることもわかります。法律とは決まりである法を守らなければ、律である罰則を与えることで犯罪を抑止します。罰則を与えられてでも、法を犯して手に入れた方が得だと考える輩が犯罪を犯すのです。

例えば脱税は税金を故意に誤魔化すことですが、見つからなければ丸儲けです。もし見つかったとしても罰金と追徴課税で済むので、損得主義に基づきお得だと考え脱税する者が後を絶たないのです。見つかっても損するのは追徴課税分と犯罪による刑罰です。これらを差し引いてもお得だと考える者は犯罪を犯す方がお得だと考えるのです。刑罰を受けるのが絶対嫌だと考える人達が法律を設計しているのですが、犯罪者が損得を考えるまでは思いもしないのです。もし損得主義に基づき法律を組み直すとすれば、脱税すると損する仕組みにすることです。脱税をして見つかれば損をするのであれば、馬鹿らしくなって誰も脱税等しなくなります。具体的には脱税額は全て没収する仕組みにするのです。更に罰金や追徴課税を課すのです。脱税は故意に誤魔化すのですですから、過失によるものとは明確に区別するべきです。もしかしたら法律を作っている人達が自分も脱税で捕まるかも知れないことを想定して、罰則を手加減しているのかもしれません。

別の視点で損得主義を考えると、土地の立ち退きも理解しやすくなります。立ち退き問題で拗れることが多いのですが、立ち退きに抵抗すればする程金銭的に得をするのです。抵抗すればする程金銭的に得をするのですから、様々な言い訳を考えて立ち退きに抵抗するのです。目的は金銭的に得をすることで、思い入れは言い訳に過ぎません。確かに思い入れがあるため立ち退きしたくない人もいるかも知れませんが、金銭が目的の人達と区別することが出来ません。損得主義の視点からは、立ち退きに抵抗すると損をする仕組みを作るのです。例えば期限までに立ち退きしてもらえたら、時間的なメリットが得られるので余分に支払うのです。逆に期限をこえて立ち退きをしなければ、時間的な損害を生じるので減額していくのです。この損得主義に基づく考え方をすれば、本当に思い入れがある人は金銭的な損失を被ってででも立ち退きに抵抗するでしょう。逆に金銭的な目的で抵抗する人はいなくなるでしょう。何故なら抵抗しても金銭的に損をする仕組みだからです。

利他主義は?

一見すると自分が損するような行動(利他主義)に見えても、自尊心が満たされるとか自己満足出来るなど他人には推し量ることの出来ない得することが潜んでいるのです。他人には理解しにくい得を見つけていると解釈するとわかりやすいかもしれません。

他人にも理解しやすいのは、金銭的な得がある場合です。逆に金銭的にメリットが得られない場合には、他人にメリットがわかりにくいだけで、何らかの得する部分があるのです。

損得主義で読み解く

脱税の話をしましたが、他の犯罪も損得主義で読み解くことが出来ます。普通の人は罰則を受けたくないため犯罪を犯すことはありません。犯罪を犯す人は犯罪を犯す方が得すると考えているのです。

嘘をつくのも損得主義で読み解くことが出来ます。普通の人は嘘をつくと信用を無くすため、嘘をつきません。しかし極一部の人は嘘をつくと得をすることを知ってしまい、平気で嘘をつくことが出来るのです。嘘をつく人がいれば、その人は嘘をつくことで得をしてきたのだと解釈すると良いと思います。

損得主義の活用法

犯罪を抑止するためにはこれまでのように罰則だけでは限界があります。罰則・刑罰を受けてでも犯罪を犯す輩が一定数いるからです。

犯罪を犯した人間がどのように得だと考えたかを聞き出して、犯罪を抑止するのです。見つからないと考えて行動しただけなのかも知れませんし、犯罪で得られる物が大きく罰則が軽いと考えて行動したかも知れないのです。

理解しにくい行動を取る人も、損得主義で読み解くと理解出来る可能性があります。わざとゆっくり仕事する人も実はゆっくり仕事をする方が得なのです。ゆっくり仕事をすることで得をした経験が、再びゆっくり仕事をさせるのです。ゆっくり仕事をしていると周囲の人が痺れを切らして代わりに仕事を片付けてくれるのです。ゆっくり仕事をしても困らない仕組みのため、ゆっくり仕事をする方が得なのです。急いだところで給料が変わるわけでもなく、仕事が終われば次の仕事を言い付けられるだけなのでわざとゆっくり仕事をしてしまうのです。

人の行動にどんなお得が潜んでいるのか考えてみて下さい。人の行動が違った景色で見えるようになるかも知れませんよ。

人が言葉を話す『意味』

人は当たり前に言葉を話しますが、言葉を使う『意味』を考えてみます。

人が言葉を話す目的は情報交換です。必要な情報をやり取りするために人間は言葉を話すようになりました。

人類と共通の祖先であるお猿さんを見てみると言葉の歴史を垣間見ることが出来ます。お猿さんは敵が来たら逃げるように合図を送ります。警戒信号とでも言うべき声を上げながら逃げるのです。敵に気付いた自分だけではなく、仲間も助けるために合図を送るのです。この合図が複雑化し言葉になりました。ちなみに進化したお猿さんは嘘をつくことが出来ます。しかしその嘘を見破ることはできません。

人類の歴史において複雑な言葉を話すようになった過程において、獲物を捕らえる狩りが重要だとされています。大きな動物を捕らえるためには大勢が一斉に襲いかかる必要がありました。最初は襲いかかる開始だけ合図すれば事足りましたが、相手が大物だとなかなか上手くはいきません。そこで狩りの手順を話し合うために言葉が発達したと言われています。

農耕が始まると狩りのために言葉を使う必要がなくなりました。次に農耕のために言葉が使われるようになりました。言葉が画期的なのは抽象的な概念を扱うことが出来るようになったことです。この抽象的な概念こそが人間が様々なことをやり遂げるのに役立っています。

人が言葉を話す『意味』

人が言葉を話す『意味』・目的は情報交換です。必要な情報は興味が湧きますし知りたいと思うのです。

情報交換ですから出来るだけ手短に終える必要方がお得です。一言で伝えることの出来る情報を伝達するために1時間もの時間を要するのは時間の無駄です。逆に膨大な情報を伝達するためにはそれなりの時間が必要です。

説明が上手な人は相手に伝わるように情報を整理し、圧縮した状態で伝えることが出来ます。話をまとめるという作業です。とにかく短時間で情報を伝える必要に迫られた人は、自然と会話の無駄な部分を削ぎ落として情報を伝えることが出来るようになります。後で振り返ってみると整理し圧縮しているとわかるのです。

回りくどい話し方をする人は、急いで情報交換した経験が少ないのかもしれません。話すこと自体を楽しんでいる側面すらあるのかもしれません。時間に追われて情報交換をした経験が乏しいのかもしれません。あたかも永遠の命を手に入れた人の振る舞いのようです。永遠の命を手に入れた人は急ぐことはありません。死なないので時間は無限にあるのです。早く行動してしまうと、次にすることをわざわざ考える必要があるのでゆっくり行動するはずです。時間を短縮する発想に乏しいのかもしれません。

人の持つ時間には限りがあります。だから時間を短縮することに意味があるのです。同じ情報交換をするのであれば、出来るだけ短い時間で行う方がお得なのです。そのためには話し手が情報を整理し、相手が受け取れるように的確に情報を伝えることが重要です。

回りくどい話し方をすると、話す方も聞く方もお互い時間が勿体無いのです。

出来るだけ手短に必要な情報を交換するために、どんな情報のやり取りするのか事前に考えて、整理し相手に伝わるように話すことが重要です。

ちなみに私は人が言葉を話すのは、魔法のようなものだと思います。他の動物から見たら言葉は魔法以外の何物でもありません。もしかしたら人間は魔法を使う神に近付いているのかもしれません。言葉が争いを終わらせることが出来、戦争をなくすことが出来る世の中になれば面白いですね。

話が回りくどいと言われた時の対処法

人から話が回りくどいと言われても、どのように対処すれば良いのかわからず途方に暮れることがありま。その対処法を考えてみます。

はっきりと物を言わない人の心理に書きましたが、大きくわけて2つ理由があります。1つのは理解出来ていないのではっきり出来ないのです。もう1つははっきり説明すると都合が悪いので、はっきりさせないのです。はっきりさせない人の対処法は上記リンクに書きましたので、今回ははっきり出来ない人について書いてみます。

話が回りくどい理由

話す内容を理解し、客観視出来ないことが原因です。物事の核心をつかんでいないため、物事の周辺を回りくどく説明し、相手に本質を読み取ってもらおうとするのです。

物事の本質を理解出来る程深く物事を考えたくない怠慢か、その能力の欠落かは人によって異なります。

話が回りくどい理由の一つに、話を物語りにしてしまう人がいます。そして話している最中に何を話しているのか忘れてしまうのです。何を話すか余り考えないまま話し始め、何を話しているのかわからなくなるのです。恐らくこれまで人と意味のある情報の交換を言葉で行ってこなかったのでしょう。会話は時間を埋めるもので、情報をやり取りするものではなかったのかもしれません。

話が回りくどい理由の一つに頭の中で理解出来ておらず、整理されていないため伝えるべき必要な情報と伝える必要のない情報が区別出来ていないのです。

対処法

頭の中を整理することが一番です。頭の整理の仕方の一つの方法として、話す内容を一言にまとめることです。少なくとも一行にまとめるのです。イメージとしてはメールのタイトルをつける要領です。話す内容を一言で伝えるのです。相手もこれから話す内容がイメージ出来るので、情報伝達がスムーズになります。一言にまとめるためには、物事の本質を理解するしかありません。

話す内容のタイトルを意識するだけで回りくどい話し方は、少しずつ改善していくと思います。

例えば『○○に関する質問です』、『○○に関する報告です』、『○○に関する相談です』などとタイトルを先に伝えるのです。

質問に対する答えであれば、『その答は○○です。何故なら〜〜〜です』のように答えます。まず一言で答えるのです。

恐らく考えをまとめる前に話し始める癖があるのだと思います。深く考える前に話し始める目的は、話を誤魔化したいのか、深く考えたくないのかどちらかだと思います。深く考えるようにしない限り、回りくどい話し方は改善出来ないと思います。

良かったら試してみてください。

糖質を使う発想

糖質は食べないに越したことはないようです。何故なら様々な害を引き起こすからです。肥満はもちろん2型糖尿病各種アレルギー、自己免疫性疾患や慢性感染症なども引き起こすようです。その証拠に糖質を控えるだけで簡単に症状が失くなります。

糖質を食べることで問題を引き起こすメカニズムはまだわかりませんが、状況証拠から考えると血糖値が関与していることは間違いなさそうです。血糖値が下がらなくなることが問題の糖尿病はもちろんですが、他の病気も血糖値が関与しているようです。

血糖値は糖質を食べることで上昇します。逆に糖質を食べなければ必要以上に上昇することはありません。かといって糖質を食べないことで血糖値が下がれば、タンパク質を消化したアミノ酸から糖を生み出すことが出来るので問題ありません。これが糖質を無理に食べる必要がない根拠です。

糖質を食べなければ通常なら血糖値は上昇しないはずですが、強いストレスや悩みごとなどがあるとストレスホルモンの影響で血糖値が上昇してしまうことが考えられます。糖質を食べないのに血糖値が上昇してしまうのです。生理前にニキビが出来やすいことを考えると、女性の方の場合生理前には血糖値が上昇している可能性が考えられます。

糖質を食べなければ血糖値は上がりませんが、下げることが出来ません。血糖値を下げるためには糖を使うしかありません。激しい運動をする必要はありません。歩くだけでも良いはずです。

食べ方と運動の勧め

糖質による害でお悩みの方は糖質回避がお勧めですが、上手くいかない場合には歩くことをお勧めします。運くことにより糖を消費することを考えますと、朝昼は糖質を多少食べても糖が使われる分血糖値の上昇は抑えられるはずです。逆に夕食を食べた後で動かないため、糖が消費されず朝昼に比較して血糖値が上昇してしまう可能性が考えられます。

糖質を食べないに越したことはありませんが、糖質を食べるのであれば動くことで多少でも消費される朝昼に食べる方が夕食で食べるよりお得なようです。糖質を食べるのであれば、歩くだけで良いので運動することだと思います。暑くも寒くもないショッピングモール内をお散歩することがお勧めです。

うつ病の人に提案

動くことで糖を使うという発想は知人からうつ病の人がいて悩んでいる相談から生まれました。糖質回避は以前からお伝えしていましたが、症状が良くないことから運動により糖を使うことを提案してみました。

一説によるとうつ病は小麦のタンパク質グルテンが原因の一つだそうです。私は糖質が原因だと思います。引き金は糖質を食べることで血糖値が上昇し、ストレスにより血糖値が下がらなくなることが考えられます。血糖値は血中のブドウ糖濃度のことですが、血中のブドウ糖が多くなるとタンパク質と結合し糖化産物というものが出来ます。この糖化産物が脳内で産生されてしまうことで脳の働きが妨げられるようです。ノイズ・雑音のように考る邪魔をしてしまうのです。私は糖質を食べると考えがまとまらなくなるので、平日は糖質を食べないようにしています。うつ病の原因が血糖値だと仮定すると、歩くだけでも病状が改善するかもしれません。

ストレスホルモンにより糖質を食べなくても血糖値が下がらなくなるので、改善しない可能性があります。そこで糖を使うという発想で歩くことで糖を消費し、血糖値を下げて症状の改善をはかるのです。

まだお一人試してもらっているだけですが、これまでは仮説通りに改善する方が多いので、運くことで糖を使う発想で改善が期待出来るのではないかと思います。軽い運動による害は考えにくいのでダメ元で試してみる価値はあると思います。

ダイエットで糖質回避をしてもなかなか体重が落ちない人も、少しずつで良いので歩いてみることをお勧めします。良かったらお試しください。

理由を聞くから嘘をつく

日常生活において理由を求められる場面がよくあります。

新たに行動する場面でもあえて行動しない場面でも、何故と良く聞かれます。多くの人が理由を求めるのです。

理由を聞いても意味がない

理由を聞いても、判断した根拠ではなくて相手が受け入れてくれそうな理由を探すだけなのです。つまり言い訳を探すだけです。適当な言い訳が見つからないとバレない程度の嘘をつくのです。理由を言っても解決されてしまうと、別の理由を持ち出します。正に言い訳に過ぎない証拠です。

理由・原因を聞くことに意味がないもう一つの理由は、人間は機械ではないからです。機械であれば人間が作り出したものですから、上手く機能しない原因を探すことに意味があります。人間は自らが作り出したものではないので、原因や理由を探しても意味がないのです。その場その場の様々な状況やちょっとした感情により理由や原因は簡単に変わるのです。

理由ではなくて目的を聞く

理由を聞いても本当の根拠と、後付けで探した言い訳との区別が困難です。根拠を聞くことに意味はありますが、言い訳を聞いても意味がありません。そこで行動の目的を聞くのです。

人の行動には必ず目的があります(目的論)。その目的を明確にすれば言い訳出来ません。理由のようにすり替えることが出来ないのです。

最低賃金の引き上げよりも得な仕組みを

最低賃金を引き上げることが一部で叫ばれています。最低賃金が上がれば企業の合理的判断が起こり、機械化が進むだけだと私は思います。賃金に見合うだけの仕事ではないと企業が判断すれば、最低賃金が上がっても仕事が無くなるのです。

最低賃金が時給1500円程度に設定されている国や地域がありますが、人件費が高いと判断されれば機械化が急速に進むと思います。

最低賃金を引き上げると労働生産性の高い業種も労働生産性の低い業種も関係なく全ての労働者の賃金を上げることになります。労働生産性が低い業種にとっては酷な仕組みです。

一つの提案ですが最低賃金の引き上げよりも、労働者に賃金を支払う方が得な仕組みを考えてみてはいかがでしょうか?別に今でも労働者に最低賃金をこえていればいくら賃金を支払っても良いはずです。しかし企業が賃金の支払いを抑えるのは、賃金を支払うと利益が減るからです。それなら賃金を支払うと企業の利益が増える仕組みを作り出せば、最低賃金を引き上げるより効果的だと思います。つまり労働者に賃金を多く支払う方がお得な仕組みを作り出すのです。

具体的には、労働者に支払った賃金の倍額とか3倍額の経費を認めるなどです。現実的には抜け道を塞ぐ必要はありますが、労働者に賃金を多く支払うと得する仕組みを作り出せば多くの問題が解決する可能性があります。労働者思いの会社が得する仕組みは、理にかなっていると思います。

税金を多く支払うくらいなら労働者に還元しようという考え方です。最低賃金を引き上げるよりも面白い仕組みだと私は思います。