NHKの仕掛けた罠

私はNHKが罠を仕掛けているように感じています。何故ならお金を払わなくてもテレビが映る仕組みを作りながら、映るからお金を支払えというからです。私はNHKを見るのでお金を支払ってはいますが、テレビがあってもNHKを見ない人は支払いたくはないだろうなと考えこの記事を書いています。その点WOWOWは支払い問題はあり得ません。何故ならお金を支払わなければ映らないからです。

私がNHKの罠だと感じるのは、地デジ化の際にお金を支払った人だけ映る仕組みは可能だったはずだからです。手間と時間と経費の問題は別にして、WOWOWには出来てNHKは出来ない理屈はないはずです。恐らく受信料を支払わなければ映らないだけであれば契約者は確かに減るでしょう。契約者が減ることを嫌がって罠を仕掛けたように思うのです。放送局が少ないアナログ放送の時代にはアンテナがあれば視聴料金を支払うのはある程度仕方がないことだったでしょう。丁度今のNTTが電話加入権として電話回線を引き込む際にお金を徴収していたのが、当初は電話線を張り巡らせるための資金が必要だったため仕方がなかったことと同じです。アナログ放送では各家庭を選んでスクランブルをかけることは出来ず、支払いの有無で映る映さないという設定そのものが出来なかったからです。

しかし時代は変わりました。テレビ放送はデジタル化されたのですからNHKだけ映らない仕組みも出来るはずです。テレビがテレビ番組だけ見るだけの機械であった時代はとうの昔に終わってしまいました。DVDを見ることもあればYouTubeを見ることもありますし、ゲームやネットをする場合もあるでしょう。であればNHKを映さないという選択肢を提示しても良いはずですが、技術的には出来るはずでも、そうはなっていません。(一部のマイナーなメーカーはNHKが映らないテレビを作っているという噂を聞いたことはありますが)

NHKは視聴料金を支払っていないテレビにもスクランブルをかけないことが罠のように思ってしまいます。そもそもNHKが地デジ化の際にスクランブルをかけていれば料金の支払い問題は無かったはずです。

テレビがあるから支払えは乱暴な話です。

例え話

映画館で外から見える仕組みにしておきながら、見たでしょう!とお金をせびる。もっと言い方を変えると映画館で外から見える所に立っているから金払え!と脅す。どんな悪徳業者かという話です。似たような話をNHKが行い、最高裁判所まで認めてしまったというおかしな話です。

国会でこの例え話で詰め寄ると答えに窮するかもしれませんね。上記の映画館は見える仕組みにしている映画館の自己責任なのですから。見えないように隙を失くすべき責任を負うのは映画館のはずであり、敷地内に忍び込んだ訳でもなく偶然映画の見える場所に立った人に責任は無いはずです。

個人的見解

テレビがあるからテレビ番組を見るはずという常識は過去のものとなってしまいました。テレビはテレビ番組を見るものという常識が非常識になったのに、時代遅れの法律を盾にテレビ番組を見ない人にも受信料の支払いを求める悪徳業者のような振る舞いはやめて欲しいと思います。

更に日本は個人の自由が認められている国ですが、テレビがあってもNHKを見ないという選択が出来ない不自由な国だという事実を悲しく思います。

多様性を認める本当の意味での自由な国になって欲しいと思います。

知恵は百薬の超

久しぶりに新しい諺です。

知恵は百薬の超

酒は百薬の長から考え付いた新しい諺です。元々酒は百薬の長とは、百薬つまり全ての薬の中で最高の物がお酒だという意味だと思います。
知恵は概念のため物質ではないことから百薬の長とせず、百薬を超えるという意味で超としました。

様々な病気が薬を飲むこと無く、知恵で治ることがわかってきました。例えば2型糖尿病は糖質の食べ方により治ってしまいます(参考:2型糖尿病が治癒?)。他にもアトピー性皮膚炎や花粉症、イボ(尋常性疣贅)やニキビなども治すことが出来ます。人によっては高血圧も治すことが出来るでしょう。

特に糖質の食べ方による食後血糖値の違いを見つけてからは治すことの出来る確率が上がってきました(参考:病気を避ける理想の食べ方血糖値の上がりにくい食べ方 2017年)。

少なくとも2型糖尿病を治すことの出来る薬はまだ開発されてはいませんが、糖質を食べないという単純な知恵で治すことが出来ます。つまり2型糖尿病にといては、既に知恵が薬を超えています。アトピー性皮膚炎も糖質を食べなければ治る人達がいます(残念ながら今のところ糖質を控えるだけでは全員のアトピー性皮膚炎は治る訳ではありませんが、症状が軽くなる人が多いのも事実です)。

先日書いた子宮頚がんにおいては、本来の発症予防はワクチンという薬ですが、実際にはまだお二人ですが糖質の食べ方という知恵でガンの発症を予防することが出来ます(参考:子宮頚がんで再検査と言われたら)。

まだ他にも誰にも気付かれていない病気を治す知恵も見つけてあります。来年には公表したいと考えています。これらの知恵が集まることで全ての薬を超える日がやってくると私は思っています。

知恵が薬を超える

そんな時代がすぐそこまでやってきています。糖質の食べ方は間違いなくその知恵の一つですが、一部に過ぎません。別の知恵の一つはマルチビタミン&ミネラルです(参考:マルチビタミン&ミネラルの勧め)。他に見つけた知恵は全てを見つけ終えた時点で公表したいと考えています。今はまだ戯言のような諺ですが、10年後には当たり前の諺になっていて欲しいと考えています。つまり薬よりも病気を治す知恵が有り難がられる時代になっていて欲しいと考えています。

ゴキブリ投稿市議の辞職勧告に思う

ネットにゴキブリ投稿した市議に辞職勧告が出されました。

記者会見を見て思ったことを書いてみます。
記者の方達は「何故」と質問されていました。
私が記者なら「何のために?」と質問します。
理由を聞いても言い訳を並べるだけです。本当の理由を言うのかもしれませんが、他人には言い訳と区別することが困難です。だからこそ言い訳出来ない「何のために?」を質問することをお勧めします(参考:『人付き合いは原因論より目的論で)。

記者の方が『目的論』を中心とした質問の仕方を身に付けると言い訳を聞かされることが減るので、時間の短縮が出来ます。

問い質す

何のためにゴキブリ投稿をしたのですか?

何のために市議を続けるのですか?

お金と地位・名誉以外に目的があれば教えてください。お答え頂けなければ、お金・地位・名誉だと認められたとみなさせて頂きます。

(お金・地位・名誉以外の目的の返答がない場合)お金・地位・名誉の中のどれが一番の目的で辞めないのか教えてください。

犯罪者が市議を続けるような市だと全国に思われることに対し、辞める以外の責任の取り方があれば教えてください。

市議は結婚されていますが女性問題での書き込みとは、不倫をしていたということですか?それとも不倫を成就させるために書き込んでしまったということですか?

突っ込みどころ満載ですが、理由を質問するので言い訳に終始していました。市議に残留するとすれば何をしたいかを聞いたのは、良い質問でしたが明確な返答がありませんでした。具体的には特にやりたいことはないということですね?とまとめると良かったかもしれません。

市議の監査システムが必要かもしれない

市議のトラブルがいくつか公になっていますが、公にならないまでも世間一般の常識とは乖離した行動をしている人達もいるようです。しかし市民にはその行動が見えないため、選挙では当選してしまうようです。

選挙以外の監査システムも必要なのではないかと私は思います。具体的には市議の行動を世間一般の常識と照らし合わせて客観視したレポートを出す仕組みです。

さらに辞職勧告を二回受けると自動的に失職し、選挙で信を問う仕組みにするとすると良いと思います。

糖尿病警察・糖尿病ポリスという考え方

つい最近知った概念ですが、糖尿病警察あるいは糖尿病ポリスという考え方があるそうです。もしかしたら糖尿病を専門に診ている先生方にとっては常識なのかもしれませんが、私は糖尿病を専門にみている訳ではないためか全く知りませんでした。
しかし糖尿病警察・糖尿病ポリスという概念を知るとすぐにその心理も理解できました。不謹慎狩りをする人達の心理と同じのようです。

糖尿病警察・糖尿病ポリスとは、糖尿病を患った人に対してあたかも警察が犯罪を取り締まるかのごとく糖尿病が悪化する生活習慣に対して責めたてる人達のことです(参照:糖尿病ポリスとつきあう6カ条)。主に家族をさす概念のようですが、一部の勘違いした医者も糖尿病警察・糖尿病ポリスとしてふるまっているのかもしれません。

元々は糖尿病の患者さんを心配する心理から生じる反応ですが、糖尿病を治す方向に向かう生活習慣を正義とし、糖尿病が悪化する生活習慣を悪とすることで善悪を判断する考え方のようです。糖尿病警察・糖尿病ポリスは自分が正義の化身として振る舞うことで行き過ぎた行動をとってしまうようです。通常は糖尿病で困るのは患者さん本人です。困らない人が他人の問題に口出しするのは越権行為・余計なお世話です(参考:人の問題に口を出さない~問題論~)。確かに合併症によっては家族に負担をかけるかもしれません。しかしその負担を恐れるあまり、患者さんに対して過剰ともいえる責めたて・取り締まりを行ってしまうのです。これこそが不謹慎狩りをする人達の心理そのものです。不謹慎なことをしている人達に対して、自分が困らない問題にも関わらず、自分が正義として責めたてるのです。

糖尿病警察・糖尿病ポリスにとっては糖尿病を治す生活習慣が正義です。糖尿病を悪化させる生活習慣が取り締まるべき悪です。

あくまでも病気は患者さん当人の問題です。他人が口出しすべきことではありません。

しかもその糖尿病を治す正義とされる生活習慣が間違っていれば悲劇です。糖尿病において重要なことは食後血糖値であってカロリーではありません。カロリーコントロールをしても食後血糖値は改善しません。何故ならカロリー説で最も避けるべき食材、脂質は直接血糖値を上げることはありません。むしろ脂質を食べることで糖質による血糖値の上昇を妨げてくれます。

糖尿病警察・糖尿病ポリスとは少し話がずれますが、私の患者さんで可哀想な食事指導をされていた方がおられました。糖尿病の患者さんが脂質は避けるように言われているそうです。だから唐揚げが好きなのに我慢しているそうです。驚いたことにキツネうどんを食べる際に油揚げをわざわざ食べずに我慢して、うどんだけ食べられるそうです。指導通りにしているにもかかわらず、血糖値が下がらず悩んでおられました。唐揚げは血糖値を上げるのを妨げてくれる(参考:おにぎり2個と唐揚げの食後血糖値)ことをグラフを見せながら説明すると速やかに理解して下さいました。何より指導通りにして血糖値が下がらない理由が理解できてスッキリしたご様子でした。何よりもうどんだけ食べることが問題であることをお伝えしました。

対策

周りに糖尿病警察・糖尿病ポリスのように取り締まりを行う方がおられてお困りでしたら、糖尿病を患う自分の問題であって他人が口出しする問題ではないことを伝えましょう。不謹慎狩りの心理を理解しておくと、相手が何故そのようなことを言うのか理解出来るので嫌な思いをしなくて済むようになります。

また正しい知識を身につけて、間違った取り締まりに振り回されないようにしましょう。

自分が糖尿病警察・糖尿病ポリスにならないために

私は患者さんに食事指導をする際に責め立てるような言い方にならないように気をつけています。食べ方を変えられなくても私は困りませんが、食べ方を変えられる方が様々な病気が改善されるからお得ですよとお伝えしています。

自分が糖尿病の方を責め立てているなと思ってしまったら、食べ方に気をつける方が血糖値が上がりにくくなるから糖尿病が改善する分お得ですよと伝えていただくと糖尿病警察・糖尿病ポリスと煙たがられることは無くなるでしょう。

大相撲問題 これで良かったのかもしれない

ワイドショーを騒がせている大相撲問題ですが、昨日は引退することになった横綱が少し可哀想かなと思っていました(参考:大相撲問題 親方の目的がわからない)。

物事を整理して冷静に考えると引退で良かったのではないかと思うようになりました。依然被害者の親方の目的はよくわかりませんが、横綱が親方になることなく引退で良かったと思います(引退時点で日本国籍がないと親方にはなれないそうです)。何故なら他人に暴力をふるって怪我をさせても当たり前だと思っていることです。しかも引退記者会見で被害者が謝まりにきたからこのような問題になるとは思っていなかったとしています。世間一般の常識でいえばどのような経緯があったにせよ、他人に怪我をさせたのであれば自分から謝りに行くことが当たり前です。それを相手から謝りに来たくらいだから自分は悪くはないと言わんばかりです。確かに相撲の世界で横綱は雲上人なのかもしれませんが、相撲を離れればただ身体の大きい人です。何をしても許されると思っていたふしがあります。同じモンゴル出身というだけで身内だと錯覚したのかもしれませんが、身内でもなんでもない別の部屋の他人に怪我をさせたことを悪いことだとは思ってはいないようです。

私がタイトルのようにこれで良かったのかもしれないと思うのは、身内でもなんでもない別の部屋の他人に対して暴力をふるっても当たり前だと思っていることです。ということは将来引退して親方になり弟子をとったとすれば、身内ではない他人にあれだけの怪我を負わせる暴力が当たり前だと思っているのですから、身内である弟子に大怪我をさせてもおかしくはありません。怪我で済めば良いですが、もしかしたら再び亡くなってしまう不幸な事件が起きたかもしれなかったからです。

もし被害者の親方がここまで考えて行動されたのであれば、私は感心します。

大相撲の問題は力士が部屋をうつることが出来ないからだと思います(私の勉強不足で実際には部屋をうつることが出来れば、的外れな意見ですが)。何故ならどれだけ理不尽なことを親方や先輩力士から言われても、力士を続けていく限り受け入れるしか選択肢がないからです。親方や先輩力士はどんな理不尽な要求も通ると、何でも出来ると錯覚してしまいます。すると理不尽な要求がエスカレートするのですが、誰も止めることが出来ません。その暴走に歯止めをかけるのが部屋の移動だと思います。世間一般の常識を元に、客観的にみて理不尽な要求だと認められれば部屋の移動を認めるべきだと思います。今回は別の部屋だったため警察沙汰になり横綱引退という幕引きになりましたが同じ部屋同士だと発覚しにくい構造だと思います。理不尽な要求を飲むか廃業かと考えると、暴力にも耐えるしかない構造だと思います。

正直私は大相撲には大した興味はありませんが、ワイドショーを騒がせているので私の考え方をコメントしてみました。

大相撲問題 親方の目的がわからない

横綱の引退という結末を迎えた大相撲問題ですが、被害者の親方の目的がわかりません。警察に被害届を出したことで事件にしました。被害者が協会の事情聴取にも応じないようにしています。
あの流れであれば横綱の引退は当然の流れだと思いますが、横綱の引退が被害者の親方にメリットをもたらせるとは思えません。

では被害者の親方の目的が何かを考えてみます。1つ考えられるのは理事長になることです。ただ選挙で選ばれる理事長が、協会に協力しない不可解な行動をとる人が選ばれるとは思えません。今回の一件で本気で理事長になるつもりなら表沙汰にせず水面下で交渉するべきでしょう。被害届を出さない代わりに理事長にしてくれという交渉です。もう1つ考えられるのは存在感を示すことです。自分が行動すれば大変なことになるぞという存在感を示すことが目的であれば、その目的は達成されたでしょう。しかしこのままでは存在感を示すだけで終わってしまいます。私には『意味』がわかりません。もしもう1つ目的があるとすれば相撲協会の体質を変えるために被害届を出したというものです。目的が体質を変えることであれば、このやり方で体質が変わるかどうか疑問が残ります。

暴力は絶対に否定されるべきですが、本人同士が納得していることに親がしゃしゃり出て警察沙汰にしてしまった感があります。真相は本人達にしかわかりませんが、怪我をさせた相手の親がモンスターペアレントだったような状態のように見えてしまいます。被害者は大事にするつもりは無かったにも関わらず、親方に知られてしまい親方が騒ぎ立てた。親方に逆らうと相撲を取ることが出来ず、自分が廃業の危険がある。仕方なく被害者も警察沙汰を了承せざる得なかったのではないかと思います。もし被害者が他の相撲部屋にうつる選択肢があれば、このような流れにはならなかった気がします。

正直私の頭では被害者の親方の目的がわかりません。どんな真相が隠されているのかわかりませんが、暴力は否定されるべきです。今後力士の暴力事件が起こらないように祈っています。

追記)もしかしたらモンゴルの方達を排除し、大相撲を日本人だけでやりたいと考えているのかもしれません。ただその割にモンゴルの方を弟子にしているので私の思い過ごしかもしれません。やはり親方の目的は私には理解出来ません。

モリ・カケ問題から学ぶべきこと

一時国会を賑わせたモリ・カケ問題ですが、衆議院議員解散という奇策により有耶無耶になりそうです。そして自民党圧勝という結果によりモリ・カケ問題など最初から無かったという結論で終わってしまいそうです。モリ問題は根拠が不十分として議論されてはいますが、カケ問題は結局認可されてしまいました。

追求する側は証拠を揃えなければいけませんが、追求される側は証拠を極力残さないようにしているので決め手に欠けるのが現状です。

追求する側は相手に非を認めさせ、自分達の要求を正当化するために必死ですが、余程のことがなければ非を認めざるを得ないような証拠は残してはいないでしょう。非を認めさせるという視点だから話が前に進まないのではないでしょうか?

視点を再発防止のために追求するという具合に軸足を移すと解決策が見えてくると思います。このような場合も目的論で考えてみるのです。過去にこだわる原因を追求してもやましいところのある人達は必死で隠そうとします。目的で話し合うことで再発防止を図ることが出来るため、建設的です。責任追求という目的は、自分達を立場上有利にするというより深い真の目的が隠れています。私利私欲で行動してもなかなか賛同は得られません。再発防止という目的であれば、私利私欲からの行動ではなく、少なくとも同じことは起こり得ない仕組みを作ることが出来ます。

モリ・カケ問題解決の一案

責任追求と再発防止を切り分けることです。責任追求を前面に押し出してしまうと誰しも責任を取りたくないため、必死で隠そうとしてしまいます。嘘も付くかも知れません。その嘘を暴くという無駄な時間を要してしまいます。

まず再発防止のためにはどうするべきかを政権に投げ掛けるのです。その答えを再発防止の視点で議論するべきです。

例えば決定の過程を文書で残していなければ、誰の責任か曖昧にしないために、その時点の責任者がその時点まで遡って降格あるいは減俸、場合によっては懲戒免職というルールを作るのです。もっと過激な方法では、決定過程の文書を作成しなければ犯罪という法律を作ってしまうのも一案かもしれません。つまり忖度をするなら誰が誰の為にしたのか、証拠を残すのです。後で責任を追及される可能性がある証拠に残せない忖度は自然と消え去るという仕組みです。

モリ・カケ問題から学ぶべきこと

モリ・カケ問題から学ぶべきことは、有無を言わせない決定的な証拠が無ければ追求は時間の無駄ということです。合理的に考えておかしなことが多々ありますが、相手が惚けてしまえば決定的な証拠が無ければ議論は噛み合いません。

少なくとも決定的な証拠が見つかるまでは、今後に備えて再発防止策を話し合うべきです。再発防止策を話し合うことをせずに決定的な証拠なしで責任追求をしようとするから時間だけが過ぎてしまうのです。

民主主義が優れているのは間違った政策を取ると選挙で淘汰されることです。人民の集合知により間違いを炙り出すことが出来ることです。

しかし今のままでは同じことが起こり得ます。何故ならおかしなことがあっても誰も責任をとらず、再発防止策も作られてはいないからです。政治家の中に『目的論』で物事を考えることのできる傑出した人物が登場することを心から望んでいます。

プレミアムが失敗してブラックフライデー?

今日はブラックフライデーだそうです。ブラックフライデーを知らなかったので、お店でブラックフライデーのセールの文字を見て驚きました。プレミアムフライデーの企画が失敗してブラックフライデーと揶揄してセールを始めたのかと思いましたがどうやら違うようです。

アメリカでは11月第4木曜日が感謝祭とされその翌日第4金曜日が正式な祝日ではないものの休みになることが多いようです。日本のお盆のようなもののようです。そして感謝祭プレゼントの売れ残り一掃セールで大安売りし、クリスマス商戦の開始を意味するするためお店が黒字になることでブラックフライデーと言われるそうです。

このイベントをお店が日本にも導入しようと考えたようです。そもそも感謝祭にプレゼントをするという習慣がない日本に導入することに無理がありますが、バレンタインもホワイトデーもクリスマス、ハロウィンまで定着した国ですからブラックフライデーも定着するのかもしれませんね。

何かにこじつけて物を売ろうとするお店のアイデアには頭が下がります。消費者としても同じ物が安く手に入るのであればお得ですよね。次のアイデアは何が出てくるのでしょう。

 

政界の放火魔

政治の世界を見ていてふと思ったことがあります。
発想が過激なため敢えて名前を出しませんが、放火魔がいます。誰のことか考えてみてください。

火どころか煙さえないところに、わざわざ火を炊きつけて大騒ぎします。
自分に火が付きそうになると、自分でつけた火を消すことなく逃げだすのです。

移転が決まった施設に難癖をつけて移転させない。なんでも地下水が汚染されているということらしいですが、汚染の基準が飲料水としての使用を目安としています。飲まない水を飲む水の基準で汚染ということが私には難癖に思えます。
結局何も変わらないまま、なし崩し的に移転するようです。
その意味は移転を止めることが出来るという権力を誇示できたことだけです。
本来なら移転を止める基準を示し、その基準をクリアできたから移転、クリアできていないから移転中止とするべきでした。そうしないところが問題のないところにわざわざ問題を生み出す、放火魔に見えてしまいます。

次は新党結成でした。
本来なら知事と議会の関係は、知事が政治を行い、議会は知事の暴走を止めるはずです。その知事が議会を牛耳ることはチェック機能が働かないため不適切だと私は思います(参考:知事が党首の違和感)。百歩譲って自分のやりたいことをするために本来チェックする側の議会を牛耳っても仕方がなかったとしても、自分に力があると錯覚してしまいました。地域政党の党首を降りて、知事でありながら国政政党を立ち上げたのです。これも火のないところにわざわざ火をつけたようなものです。世間一般では『風』などと言っていますが、私には放火された『火』のように見えました。何故なら『風』なら物が動くだけで後に意味が残りますが、放火魔の付けた『火』の後に何も残らないからです。

勝手に私が想像したことですが、総理大臣を狙っていたと私は思います。私がそう類推した根拠は選挙が終わるまで首班指名を誰にするか公表しなかったことです。政権奪取を目標に掲げながら誰を総理大臣にするか公表しないということは通常あり得ません。政権が取れないことが分かっている人達は首班指名を誰にするか事前に決める必要はありません。ということは政権奪取というのは口だけで政権を奪えるとは考えていなかったか、放火魔が最後まで首班指名されるつもりでいたとしか私には思えません。情勢を見据えて勝てそうだとなると衆議院議員選挙に打って出るつもりだったのではないかと私は思います。放火した火が『逆風』にさらされ、自分に燃え移りそうになったの、最後の最後にようやく諦めて衆議院議員選挙には打って出ないと宣言をしたのではないかと私は思います。

結局騒ぎだけ起こして国政正当の党首もやめてしまいました。それはそうでしょう。総理大臣になるために思いついて点けた火が消えてしまっただけでなく、自分に燃え移りそうになったのですから慌てて逃げるのは当たり前です。これ以上関わっていると知事の座も危ないと考えて逃げ出したのでしょう。
この逃げ出すところも放火魔です。放火魔が焼け死ぬことはほとんどありません。

放火魔は火をつけて騒ぐことしかできません。
新しいものを生み出す創造主ではなく、破壊者でしかありません。
賢い英雄だと思っていた人が放火魔だとばれてしまったのですから、自分のつけた火で燃えてしまいそうです。

政界の放火魔が次に火をつけても、騒がずすぐに水をかけて消してしまいましょう。
オオカミ少年ではありませんが、またかと思うだけで良さそうです。
政界の放火魔と揶揄されるような行動に出るくらですから、正直任期満了まで働ける程賢いようには私には見えませんが、どうなることでしょう。

政治の世界に新しいことを生み出す創造主が生まれることを祈っています。

飲食店でのドタキャンに思う

一部の飲食店では当日になってドタキャン(土壇場でのキャンセル)することで困っているそうです。
キャンセルしてくれるとまだマシな方で、酷い場合には連絡なく来ないということがあるそうです。携帯に連絡しても電話に出ないそうです。

自称神様が混乱を招く

これまではお客さんとお店との信頼関係で成り立っていました。お客さん側からすれば予約していれば行くのが当たり前、お店も来ない人がいることを想定してはいませんでして。信用と信頼の違いで書きましたが、裏付けのある信用ではなく、何の裏付けもなくただ信じる信頼により成り立つ仕組みです。お客さん側のモラル低下により信頼出来なくなってしまっています。私はモラル低下の根底に「お客様は神様だ」という考え方があるのではないかと思います。本来ならお店がお客さんと接する際の心構えとして広まった話ですが、お客側で自分を神様のように扱えと勘違いした人が迷惑の行動を取るために混乱しているのではないかと思います。つまり自称神様が混乱を招いているのです。

つまり自称神様だからドタキャンも許されると思っているのです。何しろ神様なのですから、何でもありです。勘違いとは恐ろしいものです。

想像力の欠落

自称神様とまで勘違いしていなくても予約をドタキャンする人もいるようです。それは予約のドタキャンで飲食店が困ることが想像出来ないのです。直前のドタキャンだとあらかじめ仕込みをしていた食材が全て台無しになります。そのことが想像出来ないのです。つまり傲慢でドタキャンするのではなく、想像力・思いやりの欠落で結果として傲慢な振る舞いになってしまうのです。

本当かどうかはわかりませんが、酷い場合にはあらかじめ三件程度予約をしておいてメンバーが集まってからその日の気分でお店を決めることもあると聞きました。つまり最初から二件のドタキャンが決まっているという話です。

対策

信頼ではなく、信用するために裏付けを求めるのです。私は事前決済が合理的だと思います。

少なくともお客さんの側にもキャンセルをする何らかのデメリットを設定しなければ益々ドタキャンは増えると思います。現実的にはホテルの予約のように飲食店もキャンセル料の設定をするべきではないかと思います。3日前まではキャンセル料無料、2日前は50%、前日は100%などです。ホテルのキャンセルは次の予約を取れないという機会喪失だけですが、飲食店の場合食材が無駄になるのでキャンセル料は合理的だと思います。

ただ事前決済が導入されないのは、お店の人の思いやりでもあり、まだまだ信頼出来る人達の方が多いからだとも思います。

現在の仕組みではお客さん側にキャンセルのリスクが全く無いことが問題です。お店だけがキャンセルのリスクを背負っているため対等な関係ではありません。事前決済ほどあからさまな仕組みでなくても、何らかの対策が必要なのかもしれません。

その点ドタキャン登録サイト(ドタキャンをされた飲食店がドタキャンした電話番号を登録し、会員の飲食店が閲覧する仕組み)は飲食店にとっての1つの防衛策なのかもしれません。

いずれにしても自分のことをお客様だから神様だと勘違いしている人や想像力の欠落した人が世の中から減ることを祈っています。